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正常な世界にて

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 パワー系男は奇声を発しながら、私たちの前を通過していく。座った私は目を伏せ、Iはサッと避ける。
 ところが、ボケてるおじいさんは、男に勢いよく押し退けられ、無惨に転んでしまう……。しかし、何事もないかの如く、パワー系男はそのまま歩き続ける。
「信子さんや。お昼はまだですかの?」
幸い、おじいさんは何事も無かったかの如くボケたままで、大丈夫そうだった……。

「連中による巡回だ。敵だと思われたら面倒だから気をつけろ」
Iがそっと私たちに教えた。いったい何の「連中」なのかな?
「そんな高尚なことをしているようには見えないけど?」
坂本君は本気にしていない。たぶん、このIを信用できないヤツだと踏んでいるようだね。とはいえ、私も彼をまだ信用しているわけじゃないけど。
「信じられないなら、アイツをからかってみろ。殺す勢いで襲ってくるから」
Iにそう言われた坂本君は、お安いご用というノリで立ち上がり、パワー系男のほうへ向かっていく……。冗談で言ったかもしれないのに。
 ……私が止める間もなく、彼は男の尻を思い切り蹴り上げてしまう。サッカーで鍛えられたキックのお披露目だ。蹴られた勢いで、男は前のめりに転ぶ……。付き添い役がいれば、転ばずには済んだかもしれない。

「ウーーー!」
パワー系男は、立ち上がるとすぐに、坂本君のほうを向き直る。彼の声には、猛烈な威圧感が含まれていた。まるで怒り狂う猛獣が、攻撃の構えを取っているよう……。
 けれどこれは、健常者だろうと障害者だろうと怒っていい状況だ。理由はさておき、暴力を振るったわけだからね。
 バチンと緊張が走る車内。人々は一斉に顔を背け、空気との一体感を示す。これ以上ないほど強烈に。
「ええっ? これヤバい系?」
坂本君は、自身がとんでもない窮地に陥った現実は理解していた。手遅れという点も含めてね。
「ウーーー!」
パワー系男が、傘を振り回しながら、坂本君に突撃していく……。乱暴に振り回される傘からは、絶対に殺してやるという強い意気込みが伝わってくるね。
「うわっ! うへっ! おっと!」
必死の形相と動きで、の攻撃を避け続ける坂本君。宙を切った傘の先端が、吊り革をバチンと弾き飛ばす。
 座っていた人は、巻き添えを喰らいたくないと、体を小さく縮こませる。また、立っていた人は、素知らぬ顔を見せながら、坂本君と男から離れていく。他の車両へさっさと逃げる人もいた。この様子だと、誰も車掌さんを呼んでくれそうにない……。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん