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正常な世界にて

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「ウン、まあこれで大丈夫だろう」
男は一安心している。予想してたけど、それほど大事な話なんだね。当然、身構えざるをえない私。
「悪いけど、オレの名前はIというイニシャルで頼む。キミらの名前は……」
「森村です」
「坂本だよ。このジジイみたいにボケてるの?」
「信子さんや。お昼はまだですかの?」
「すぐに思い出せなかっただけだよ」
ガチでボケているおじいさんが、さりげなく言葉を挟んできたけど無視する。
「それで大事な話というのは? 早く聞かせてください!」
「わかったから大声を出すな」
つい急かしてしまった私。Iという男は、周囲に目を配る。警戒しているようだ。走る電車の中だから、小声なら話しても大丈夫だろうに。

 ……ところが彼は、「警戒対象」をさっそく発見したようで、私たちを知らぬ存ぜぬの調子を取り始めてしまう。ようやく本題を聞けそうだったのに。
「気にする必要あるか?」
そう言った坂本君は、後部車両のほうを見ている。誰かいるのだろうか?
「ウーウー」
大男がノシノシと歩いてきている……。可哀想なタイプの人間だとすぐわかり、私は目を逸らした。一目見た姿を脳裏に浮かべる。
 キャップ帽子にリュックサックという、時代遅れのダサいファッションだった。おまけに今日は雨降りじゃないのに、雨傘を持っている。先端を前へ向けた、危ない持ち方で……。
 発達障害者や精神障害者とは違い、知的障害者だった。いわゆる「パワー系池沼」と呼ばれてしまう人間……。彼が「迷い」的な何かを起こさない限り、こっちの車両へ来るだろう。
 チェーンソー男のときのように、脳内に緊急信号が走る。別に珍しい現象じゃなく、あのパワー系男は悪くないけど、嫌な予感は拭えない。湧き上がるばかりだ。
「見て見ぬフリすれば平気さ」
坂本君はそう言うと、スマホをいじりだす。普通の人間らしく、見て見ぬフリしろというわけだ。

 隣りの車両にいた人々は、そのパワー系男をさりげなく避けていく。反発し合う磁石のようにね。もちろん人々は、彼と目を直接合わせないようとしない。「触らぬ神に祟りなし」という調子だ。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん