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正常な世界にて

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 うまく走り抜けられたおかげで、バスターミナルから離れたときには、チェーンソー男の追跡から逃れられていた。これで一安心だ。念のため、自動販売機の物陰にさりげなく隠れ、様子を伺う。
「卑怯者め!! 出てこい!!」
男はまだ諦めていないらしい……。生き残り男の演説に混じる形で、チェーンソーのブルルルルというエンジン音も聞こえてくる。
 かなり目立つから、騒ぎがもう起きそうだ。大勢の人間を前にすれば、さすがにあの男も、おとなしくなるしかないだろうね。

 ……だけど、バスターミナルのほうから聞こえてくるのは、生き残り男の演説とチェーンソーの音だけ。
 たぶん、何かの悪ふざけだと思われているんだろうね。よく見れば本物のチェーンソーだとわかるけど、「どうせおもちゃだろう」という先入観を持たれていそう……。あまり偉そうなことは言えないけど、『事なかれ主義』のせいで、騒ぎに発展しないみたいだ。
「このままだと、八つ当たりを始めそう……」
「交番までもうひとっ走りするしかないな」
私たちは再び走り出す。チェーンソー男と生き残り男の大声が、後ろから聞こえてくる。あの二人の男が声の大きさを競い合っているのか、バスターミナルから離れつつあっても、耳に届く声の大きさは変わらなかった……。


「すみません!! 駅に変なヤツが」
先に交番へ駆け込んだ坂本君は、言葉を途中で切る。そして、残念そうに私のほうを振り返った。
「……いないよ。どっか行ってるみたいだ」
どうやら交番には誰もいないらしい。パトロール中であることを告げる立て札が、正面の机に置いてある。いわゆる無人交番というやつだ……。
「駅の騒ぎへ駆けつけて、入れ違いになったんだとしたらいいね」
「履歴に残っちゃうけど、一一〇番通報するしかないな」
坂本君はそう言うと、スマホをポケットから取り出す。

「キャーーー!!」

 よくあるタイプの悲鳴が、駅のほうから聞こえてきた。いろいろな人の声で何度もだ……。あのチェーンソー男が、自暴自棄にでもなって、暴れ始めたに違いない。
 ただ、バスターミナルにいた誰かが通報してくれたらしく、パトカーのサイレンもいっしょに聞こえ始める。それを知った坂本君は、スマホをしまった。
「じゃあ、後は警察に任せて帰ろう」
坂本君はそう言うと、足早に交番から立ち去ろうとする……。これ以上の面倒事は嫌なんだろうね。
「このまま帰るなんてダメだよ!」
私は彼を呼び止めたけど、とても嫌そうな表情を向けてくる……。もちろん私も嫌だ。けど放っておくわけにはいかない。

 私は、嫌がって足を動かそうとしない坂本君を引っ張りながら、悲鳴が飛び散る駅へ向かう。馴れ馴れしい行動だけど、恥ずかしがるのは後だ。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん