正常な世界にて
チェーンソー男に驚くと同時に、私と坂本君は一気に駆け出す。一刻も早くあの男から離れろと、生存本能がゴーサインを出したようだ。
「オイコラ!! 待て!! オイ!!」
あの家のほうから、男の大声が聞こえてくる。もちろん待つわけない。無傷で済まないことは明らかだ。
「ついに偵察までしにきやがったな!!」
男は門の扉を蹴り開けた。どうやら、追いかけてくるようだ。
「て、偵察?」
「ただの妄想だろうさ! ほっとけ!」
気になり振り返った私を、坂本君が急かす。あの男は、私たちを敵だと思い込んでいるらしい。あの封筒が何か関係しているの?
私たちはとにかく走った。とりあえず、さっきの駅に向かってだ。人が多い場所だし、駅のすぐ近くには交番があったはずだ。
私たちは高校生とはいえ、チェーンソーを持った大の男にはかなわない……。アニメの主人公じゃないんだからね。
後ろから、チェーンソーが動き始める音が聞こえてきた。これでいつでも私たちを、残酷に切り刻めるわけだ……。音にビビりつつ、私たちはひたすら走るしかなかった。
無我夢中で走り続けたので、ふと気がつけば、駅のすぐそばまで来ていた。JRの高架が見える。
「いつまで逃げるつもりだ!? 逃げても無駄だぞ!」
あのチェーンソー男は、まだ追いかけてきていた……。二十メートルぐらいの距離があるけど、殺気と恐怖は十分に感じられる。しかし、もう若くないのにしつこい男だね。
「なぜ私の家族は死ななければならなかったのか!? なぜ彼は生きているのか!?」
駅のほうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた……。バスターミナルらへんで、家族を殺された生き残り男が、「専門」の広報活動に精を出しているらしい。今日はあの駅でやる予定だったんだね。
「あの死にぞこないが声を上げているということは、人がけっこういるということだな……」
彼の言う通りなら、私たちが切るゴールテープはそこだ。とにかくバスターミナルに行ってみるしかない。
「俺を晒し者にしたって無駄だぞ!!」
この声の勢いだと、チェーンソー男は満員電車にいても、堂々と私たちを殺しそうだ……。
「……交番にも行こう」
ゴールテープの場所が伸びたけど仕方ないね……。幸い、息切れしていないので、まだ走れそうだ。
予想通り、駅前のバスターミナルで、生き残り男が声を上げていた。日曜日で通行人が多いためか、張り切った口調だ。この運動を生きがいにしているのかな?
私たちは、バスターミナルのできるだけ混雑しているところを走り抜けた。生き残り男のちょうど目の前をだ。通行人やチラシ配りをする活動員の間を、素早く通り過ぎる私たち。
目障りになったらしく、生き残り男に睨まれた。文句なら、追いかけてくるチェーンソー男に言ってね。