正常な世界にて
私は家のほうを、改めて眺めてみる。ただでさえ不気味な雰囲気を醸し出す家が、さらに恐ろしく見えた。
「だけどなんであの封筒は、こんなところに送られるんだろ……」
ふと思い浮かんだ疑問を呟く私。
「……どうやら、一方的に送りつけてるみたいだね。郵便受けとその後ろを見てみなよ」
何かを発見した坂本君は、そう言って指をさした。
サビついた郵便受けの中と、その反対側をそっと覗き見る私。自然と動作が、ぎこちない調子になる……。私の心は今、恐怖心と探求心がケンカしている。
……郵便受けの中は、封筒の「塊」にビッチリと占拠されていた。一見したところ、これらの封筒はすべて、私たちが送っていたものに違いなさそうだ……。
満杯な郵便受けにもビックリしたけど、もっと強い衝撃を受けたのは、そのすぐ後ろの地面だ。何十枚もの封筒が、メチャクチャに散らばっていた……。郵便受けからこぼれ落ちたわけじゃなくて、誰かが地面に撒き散らしたという感じだ……。何枚かの封筒には、靴の足跡がしっかりと残っている。無我夢中で踏みつけたんだろう。
これらの封筒をポストに入れていた私としては、嫌な気分になる。だけど、送りつけられたこの家の人は、もっと嫌な気分になっているに違いない。……それも怒り狂うほどに。
そう考えた途端、探求心は恐怖心によって覆い隠された。「ここでのんびりしていたら危険だ! すぐに離れろ!」と、脳のどこかが警告してきた……。いろいろ考えるのは後だ。
「帰ろう! 今すぐ!」
「そ、そうだな!」
彼も私と同じく、恐怖心を抱いているらしい。頼りないけど、同意してくれたのだから、文句は言えない。
「おい!! そこで何してる!?」
その大声が聞こえたのは、ここから立ち去ろうと、体の向きを変えたときだった……。あの家のほうからで、スピーカーによる声だった。カメラと同じように、どこかに設置されているんだろうね。
「え? え?」
「……ヤバい予感……」
一気に跳ね上がった恐怖心のせいで、思わず凍りついてしまった私たち。今すぐ逃げなくちゃいけないのに!
……それから何十秒か経ってから、ようやく凍りつけが解け始めた。これで逃げられる。
「絶対に逃がさないからな!!」
私たちが少しずつ歩き始めたとき、声の主であり家の主である人が、玄関のドアを勢いよく開けた……。
その人は、三十代ぐらいの男性だ。広い視界を保てるタイプのガスマスクを顔につけ、アルミホイルを贅沢に貼り付けまくったレインコートを着込んでいた……。長く伸びた黒髪はボサボサだ。
その奇抜な外見にも驚かされたけど、男が手にしている物を見た途端、さらに驚かされることとなる。
……男が手にしていたのは、チェーンソーだった。家庭用の小さな物とはいえ、余裕の殺傷能力があるだろうね……。