正常な世界にて
「あれ? 坂本君、誰かと待ち合わせしてるの?」
偶然通りかかったフリをして、坂本君に声をかけた。余計なお節介だけど、あのまま放っておくわけにはいかなかったのだ。
それに対して彼は、私の顔を見た瞬間、気まずそうな表情を浮かべる。
「……ううん、ちょうど今キャンセルされちゃったところ」
しかし、彼は強がってみせた。たぶん私に、先ほどの醜態を見られたことに気がついているのだろう。
「そうなんだ。せっかくの休日なのに無駄足だったね」
「まったくだよ。ところで、森村さんはどうしたの? そこで買い物?」
彼は後ろ指で、近くにあるショッピングモールのほうを指差す。時間が余れば、そこでウィンドーショッピングもありだなと、私は思った。
「それもいいけど、ちょっと調べものがあってね」
「調べもの?」
別に教えてあげてもいいだろう。下手に隠そうとしたら、彼が意地悪で尾行してくるかもしれない……。こういうときは、平然と言ってみせたほうが、怪しまれないものだ。
「バイトの封筒に書いてあった宛先が気になって、その住所に行ってみることにしたの」
「え? ボクたちがポストに入れて回っているあの封筒のこと? ……そうとう、暇なんだね」
坂本君は呆れ顔だ。暇なのは正解だけど、どうしても気になるんだから、仕方ないじゃない。
「まあボクも暇だから、いっしょに行ってあげるよ」
まさか、彼がこんな話に乗ってくるとは思わなかった……。
「え? いいよいいよ!」
「冷たいこと言わないでよ。それに、女の子の一人歩きなんて、危ないんだからさ」
別についてきてもいいんだけど、なんかデートみたいで恥ずかしい。これなら、高山さんを誘えばよかったかな?
「じゃあ行こうよ。道案内は任せるね」
彼は一方的にそう言うと、私のすぐそばに立つ。手は繋いでいないけど、どうみてもカップルの状態だ。学校の夢見る女の子たちに見られたら、ひどく嫉妬されるだろうね……。
まあ、性格はともかくとして、イケメンといっしょに歩くこと自体は苦ではない。それに、もしものときは、男である彼を頼りにできる。
そして、私と坂本君は駅から離れ、住宅街を歩いていた。名鉄とJRの線路が近くにあるせいか、どことなく落ち着かない空気が流れている気がする。
私はスマホを両手に持ち、地図と道を交互に見ていた。確認と交通安全のため、いつもより足取りは遅い。
「ねえ? まだ着かないの?」
「もう少しだって」
まるで母親と困った息子のやり取りだね。これでもう四回目だ。
せっかちに相手を急かしてしまうことも、ADHDによる症状の一つだ……。まあ、私も時々せっかちになりがちだから、人の事言えないけどね。