正常な世界にて
「こんな女といっしょに映画なんて、絶対嫌よ!?」
「私とこの女、どっちが大事なの!?」
お決まりのセリフを、二人の女の子は坂本君にぶつけた。
「そんなひどい質問をしないでくれよ……。二人とも大事なんだからさ」
本当に大事だと思っているなら、ダブルブッキングなんてしないよね? いったい彼は現在、何人の女の子と付き合っているんだろう……。こっそりスマホの電話帳をのぞきたくなったよ。
「ホントのこと言ってよ! 二股かけてたんでしょ!?」
もちろん正解だ。その女の子の怒り具合は、今にも坂本君に殴りかかりそうな感じだった。
「マジありえない!!」
もう一人の女の子はそう言うと、手に持っていたブランド物バッグを、彼の胸にドンとぶつけた。
「うう、許してくれよ……。ボクは少しでも多くの女の子と、時間を共にしたいだけなんだからさ……」
とんでもない言い訳をした……。いったい、どうポジティブに考えれば、彼を許すことができるのだろうか……。
「最低!! 何股かけてるのよ!?」
「死ね!! お前なんか死んだほうがいい!!」
当然、猛烈な罵倒を彼は浴びることとなった。私も彼に、一言二言ぶつけたくなる。
その後、彼は女の子たちに制裁を喰らうことになった。二つのバッグが彼に何度も勢いよくぶつかりまくり、彼はベタンと尻餅をつく。それでもバッグ攻撃は止まず、彼の頭が前後左右に揺れる。まるで、頭が動くペコちゃん人形を早送りで見ているみたい……。
「アンタの電話番号、あちこちに流すから、覚悟しておけよ!!」
「二度と私の前にこないで!!」
しばらくすると、女の子たちはその場から、それぞれ立ち去る。そのときの彼女たちは、怒気マックスな圧迫感を放出していた……。発電か何かで使えそうなぐらいだ。私の目には、敷石に足跡が残っているように見えた……。
……坂本君は、女の子たちがいなくなったのを確認すると、やれやれという感じで立ち上がった。慣れた手つきで、服や髪を整えているところを見ると、どうやらこういう痴話喧嘩は何度も経験しているらしい……。いい加減に学べよと、私は呆れるしかなかった。
「乙女心は複雑だな」
彼の一言目がそれだ……。どこが複雑なんだろうか? 少なくとも、彼の心のほうが複雑なのは明らかだ。
とはいうものの、彼は強がっているように見えた。自業自得とはいえ、何度もこういう失敗をしでかしているんだから、強がらずにはいられないこともあるだろうね。服についた砂を払う彼は、繰り返した失敗と訪れた孤独感により、とても悲しそうだった……。