正常な世界にて
「手帳を見せびらかしてやればよかったかな?」
駅のホームまで来たとき、坂本君は言った。彼はニヤニヤしながら、ポケットから精神障害者手帳を取り出していた。
「やめときなよ。下手したら、怒り狂って殴られるよ?」
高山さんが苦笑しながら言った。
「そうなれば皮肉というやつだね」
確かに皮肉そのものだ。もしそうなったら、あの人は責任能力について争うのかな?
「……でも、ああいう主張が、国会でされちゃうようになったら、マズくない?」
私は不安を感じずにはいられない。
なにしろ最近は、なんでもかんでも法律様のご登場という世の中だ。大勢の空気に押し流され、私たち関係の法律が改悪されるかもしれない。もしそうなれば、非人間的な扱いも覚悟せねば……。
「それは大丈夫よ!」
そんなとき、高山さんはそう言い切ってみせた。
「ど、どうして?」
疑問を投げかける私。
「ナチスが、精神障害者なども迫害したという歴史があるからだよ。だから世界はそういうことを絶対許さない。特にアメリカやヨーロッパね。日本の政治家さんたちが、欧米の非難を無視できると思う? また経済制裁を喰らわされた末に、焼け野原にされてもおかしくないよ」
ごもっともな根拠を、彼女はスラスラと教えてくれた。
「今でも欧米から非難されてるよ。死刑制度があるからね。これ以上人権やらで、欧米から非難されたくないというのが政府の本音さ。もしそうじゃなきゃ、とっくに改悪されてるはずじゃん?」
坂本君が言った根拠もごもっともだ。
二人のおかげで、ひとまず安心できた。どうもこの二人は話し上手らしい。社会における短所の代わりに、言語力が長所になっているのかも。
そういえば先週、クリニックで先生が「発達障害者には突出した才能が芽生えている可能性がある」とか言っていたな。この二人みたいに、私にも何か芽生えてるかな?
「森村さん! 電車きてるよ!」
おっと、つい考えこんでしまったせいで、電車の到着に気づかなかった。高山さんが声をかけてくれなかったら、乗り損なっていたところ。
そして今日も私たちは、それぞれの家路につく。「明日こそは余裕を持って、登校してみせよう」と心に誓う私。
……まあ、毎日のように誓ってることなんだけど。