正常な世界にて
「森村さん、意外と早いね!」
一階の出入口のところで、坂本君に出会う。ポストへ入れ終えてきたところらしい。
「……この封筒、おかしいとは思わなかった?」
聞かずにはいられなかった。
「おかしいところ? どこが?」
「宛て先が全部同じ点。あと、封筒の表面に、送り主が書かれていない点もね」
私は紙袋の口を開き、数通の封筒を彼に見せる。
「あー、確かに変わっているね。でも社会に出たら、このぐらいよくあるんじゃない?」
軽い調子だ……。羨ましいぐらい気楽な男の子だ。
「じゃあ行くよ。男として、森村さんに負けるわけにいかないからね」
彼はそう言い残すと、エレベーターに乗りこんでいく。これほど奇妙な仕事でも、彼はやる気を出しているらしい。
私は封筒を紙袋に戻し、ポスト回りへ再び出かける。仕事をこなす内に、どうでもよくなるだろう。せっかく得たバイトだしね。
――それから一ヶ月後の、もうじきクリスマスという時期には、このバイトに慣れていた。といっても、任された仕事はポスト回りや簡単な雑用だけだけど。
「はい」
経理を担当する中年男性が、UFJ銀行仕様の封筒を私に渡す。数枚のお札と小銭が、明細書と共に入っていた。
今日は給料日で、念願の初給料というわけだ! 飛び上がり喜びそうになる衝動はギリギリ抑えられた。この分なら、医療費を払っても、自分へのお小遣いとして十分に使える!
「これなら女の子と何度か遊べるな」
直後に給料を受け取った坂本君が、誤解されそうなことを言った……。いったい何人の女の子が今後泣かされることだろう。まあ、自腹で食事代を払うなら多少マシかな?
「……でも、時給安いな。郵便局の年末年始レベルだよ」
坂本君は堂々と文句を口にする……。幸い、聞かなかったフリをみんなしてくれた。
確かに時給は低いけど、まだ高校生の私たちが働かせてもらっているんだから、我慢しないと。