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正常な世界にて

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 クリニックに入ると、そこは典型的な待合室だった。受付には患者向けのチラシがいろいろ貼られている。
 先客が何人もいたが、発狂し暴れる者はいない。鬱病らしき若い男性が頭を抱え座ってたけど、それ以外の人は正常なご様子。どこがおかしいかなど、素人の私にはわからない。
「あら? 今日は診察日でしたか?」
受付の若い女性が、高山さんに声をかけた。
「いえいえ、ワタシじゃなくて、この子を連れてきたんです」
高山さんは受付へ私を連れていく。手まで引いてくれた。

「……は、初めてなので、お願いします」
保険証は普段から持っており、受付の机上へそっと出した。
「はい。それでは森村さん。こちらの問診票への記入をお願いします」
受付女性は、クリップボードで綴じられた問診票を渡してきた。
 問診票には、睡眠時間や最近のメンタルといった設問がある。躊躇したけど、正直に記入していく私。
 一ヶ月前から寝つきが悪く、十分眠れていない。失敗続きの自分の将来が、不安一杯で仕方なかったせいだ……。

 時間が少しかかったけど、なんとか書き終えられた。受付に提出し、診察の順番が来るのを待つ。その間、高山さんはそばで見守ってくれていた。
「けっこう人いるけど、時間かかる?」
「再診の場合だと、内科より少し短いぐらいだね」
ソファに座る私と高山さんは、小声で話す。待合室では静かにするのは元々マナーだけど、ここはデリケートな精神科だ。近くの患者が、大声がきっかけで怒り出すかもしれない……。ひょっとしたら、斧でも持ち歩いてるかも。暴れ出したらどうしよう……。
 緊張と恐怖心で、時の流れがとても遅く思える。

「森村さん。どうぞ」
受付女性がやってきて、私にそっと声をかけた。初診だからか、忍ぶような声だ。
「ワタシもついていこうか?」
「ううん、大丈夫」
これ以上は恥ずかしかった。緊張するけど、彼女に知られたくない。
「正直に伝えればいいからね」
「……わかった」
そう言ったものの、上手に答えられるか自信がない。なにしろ、いきなり精神科へ連れてこられた身だ。

 ……診察室の前に立つ私。ホントにいいのか考える。だけど、勇気を振り絞らなければいけない気がした。
 私の右手が、診察室のドアノブを捻る。スローモーションのようにドアノブが回り、緩やかに開くドア。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん