正常な世界にて
――そして三日後の放課後、私はある雑居ビルの前にいた。汚れた外壁を纏うそのビルは、駅から少し離れた所にあった。
「ここの五階だよ」
先導する高山さんに、私と坂本君がついていく。
「ストリートビューで見た通りの古臭さだ」
坂本君が言った。口元に浮かぶ苦笑い。
エレベーターの近くには郵便受けがあり、フロア五階の表札を見る。五階は「貸し会議室」として、一つのテナントになっていた。そこを貸切る形で仕事をしているらしい。
ビル同様古臭いエレベーターに乗りこむ私たち。
仕事場は、十メートル四方ほどの広さだ。折り畳み式の机が数列置かれ、パソコンや書類の山が見える。
すでに十人ほどの男女が、黙々と仕事に取り組んでいる。パソコンのキーボードを叩く音やペン先の走る音が、せわしなく鳴り続ける。
「さっそくだけど、仕事が溜まっているから頑張ってね」
高山さんは私と坂本君にそう言うなり、封筒の詰まった段ボール箱と地図を渡してきた。この辺一帯の地図で、赤丸がいくつもつけてある。
事前に説明された仕事内容は、ダイレクトメールの投函作業だった。ここで作成された封筒を、近くのポストへ入れてくるというわけ。極めて地味だけど簡単なので、私と坂本君は快諾した。時給は低めだけど、安心して取り組める類だ。
とはいえ、もうすぐ十二月の寒さなので、ポストを何ヶ所も回るのは少々辛い。使い捨てカイロを持ってくればよかった。
「寒いから手をつないで歩こうよ!」
坂本君が何食わぬ顔で、そう言ってきた……。セクハラでクビにできないものか。
「ううっ、冷える冷える」
寒風に晒され、私はぼやく。
任された封筒の束は、紙袋二つ分だ。私と坂本君は一つずつ持ち、別行動でポストへ入れて回る。地図は一枚しか貸してもらえなかったため、私はスマホで撮影した画像を見る。スマホで一々確認するのは面倒だけど仕方ない。一方の坂本君は、地図を片手にスイスイ回っていることだろう。
この思いが、男女差別問題への自分の考え方に至り始めたとき、一つ目のポストを通過してしまったことに気がつく。初仕事の始めからうっかりミス……。まあ、取り返しがつかないミスじゃないから、別にいいよね?