正常な世界にて
【第5章】
山奥の細い滝の如く、月日は過ぎ去る。発達障害と判明してからの半年は短かった。今は十一月で秋も終わり頃。朝晩の空気はすっかり冷えこみ、冬の訪れはもうそこ。
ここ最近は、以前より困らずに高校生活を送れている。忘れ物や遅刻ギリギリは時々やっちゃうけど、それなりにだ。
高校初めての夏休みでは、量より質な宿題と対峙したり、高山さんと映画を観に行ったりして過ごした。坂本君とは外出中に何度か出会ったけど、その度に違う女の子を連れていたっけ。
とにかく私たち三人は、刺激の多い高一の夏休みをマイペースに過ごせたわけだ。坂本君の恋愛劇が結局どうなったかは知らないし、不必要に関わりたくない。
「森村さん、初診から半年経ったよね?」
ある日の学校帰り、高山さんが言った。彼女が当時誘ったのだから、覚えてて当然だ。
「そろそろだね」
言われなくても、最近の悩み事ナンバーワンとして浮上している。さてどうしたものかと。
「手帳は取っといたほうがいいよ! タダで地下鉄に乗れるし!」
偶然近くにいた坂本君が、話に割りこむ。女の子同士の会話にいきなり入りこむなんてね。けど、衝動的に動きがちな彼に注意するのは、時間の無駄だ。
「お金の節約になるけど、それだけじゃないのよ。自分が抱えている問題を、きちんと証明するためでもあるんだから」
彼をたしなめる高山さん。
「ああ確かに、生徒手帳代わりの身分証にもなるもんな。どこの高校か知られずに済む」
彼が暴力好きの不良少年じゃなくて幸いだ……。
高山さんと坂本君は持っているし、私も手帳を持つのは悪くない。とはいえ、私のような発達障害者も、精神障害の手帳を持つことになるらしい。この手帳は本来、精神障害者向けのはず。
「なぜ『発達障害者手帳』はないんだろう?」
高山さんが精神障害者なので、これ以上は言わないけど、どうしても「精神障害」というワードには、マイナスイメージが付きまとう。
「……手帳の名前は気にしないで」
よくある悩みらしく、高山さんはそう言った。
「ホラ見てよ。表紙には『障害者手帳』としか書かれてないだろ? 身体の手帳とは色が違うけど、普通の奴らはそんなの知らないから、精神障害者手帳とはわからないさ」
そう言い、手帳を見せつける坂本君。
こんな彼でも、もしかすると、精神障害者手帳を持つことに、負い目を感じているかもしれない。わざと明るく振る舞っているのかも。
私は静かに頷き、駅へ歩き続ける。