正常な世界にて
「それもそうだな。でも、なんて言ってごまかせばいい? ボクらが木橋を追いかけるところを、大勢に見られているんだけど?」
「追いかけていたことは認めるしかないけど、本当は助けられたかどうかまで証明するのは、かなり難しいから大丈夫だよ」
彼女の言うとおりだ。電話やメールはともかく、人間の本心までは覗けない。
……木橋には悪いけど、私たちは口裏を合わせる。別に珍しいことじゃない。
――こうして翌日の放課後。私たちは学校の応接室へ呼び出された。もちろん緊張する……。幸い、別々にではなく、三人いっしょで聞き取るという。
応接室では、スーツ姿の男が二人座っていた。初老と若い男のコンビだ。いわゆる「刑事さん」らしい。初老刑事はハンチング帽を被り、刑事ドラマの取り調べを思わせる。呼び出し役の担任が退室した途端、空気が一変する。ミスが許されない張り詰めた雰囲気で、居心地は非常に悪い……。当然だけど、寝転がってドラマを観るのとは全然違う。
「君たちは、亡くなった木橋君とは仲が悪かったのかい?」
挨拶の後、初老刑事が切り出してきた。私たち三人に対してだけど、彼の視線は高山さんへ向けられている。ペンとメモを手に忙しい、若い刑事も同様だった……。
いろいろ聞きこみ済みで、高山さんと木橋が口論していた事実はご存知なんだろう。ここで「はい! キモくて最悪なヤツでした!」などと、威勢よく正直に答えるのは良くない。
「クラスメートとしての関係しかありません。普段はほとんど話していませんでした」
高山さんが整然と答える。自分へ集中して視線が向けられていることなど、サラサラ気にしていない。彼女の度胸が羨ましくなる。
「でも彼が転落する前に、教室で口喧嘩していたらしいじゃない?」
若い刑事が言った。やっぱり下調べ済みだ。先に言わないなんて意地悪い。
「少し考え方が合わなかったからですよ。口喧嘩程度なら、大人もよくすることではないですか?」
「……しかし、話の内容だけどね。君たちはその、ハンディキャップを持っているんだろ?」
今度は初老刑事が言った。まさかそこまで……。
「わざわざ言い換えなくて結構ですよ。私たちが、精神障害や発達障害を持っていることは事実です」
高山さんが言った。声に震えはない。