正常な世界にて
それは一瞬、日章旗に見えたけど少し違った。日の丸の左右に金シャチが一対で描かれている。一枚一枚丁寧に描かれた金色の鱗。
「カイゼン! カイゼンだよ!」
男児は金シャチ付き日章旗を、明るい笑顔で掲げている。青空教室で先生役の男子高校生が、強調し教えてた言葉だ。トヨタ関係の本から得た付け焼き刃の知識で、繰り返し言ってたのを覚えてる。
「この旗はどこから?」
私は男児に尋ねたけど、自分ですぐ思い出せた。
間違いなくその日章旗は、私が先々月の調達中に手に入れた旗だ。それも母校である高校の校庭でね。校庭の朝礼台に倒れかかったポールで、静かにはためいてた日の丸。折れ曲がり傷だらけのポールと違い、日章旗はキレイなままだった。
調達で持ち帰れる量に限りがある中でも、持ち帰りたい気持ちが勝った。ただ私は、コミュニティへ持ち帰れたことで満足してしまい、どこかへ保管し忘れていた。
「あっちの倉庫のその、スコップやバットの後ろにあったんだけど、描いちゃダメだった?」
不安げな男児。焼かれたり裂かれたりするよりは断然良いじゃないか。
「ううん! 大丈夫、大丈夫!」
私はそう答えた。名古屋人として、これは悪いデザインじゃないしね。
リセットからのこの半年足らず、忙しく学び働いてきた私たち。SNSどころかネット自体使えず、不便で余裕のない日々を送ってきた。得たものはあるけど、失ったもののほうが遥かに多い。
「これ、私にくれる?」
カイゼンされた日章旗を、私は得たくなった。ピッタリな使い道を思いついたからね。
「ウン!」
今度も上手くいったらしく、男児は明るく応じてくれた。
そして、金シャチ付き日章旗を両手に掲げ、畑からゲートへ向かう私。クリップボードは黒デニムの尻部分に挟みこんである。
隣りのトマト畑に立つ伊藤が手を振ってきた。旗を掴んだまま、軽く振り返す私。トマトの収穫が終わり次第、人手を回してもらおう。十分な肥料や水分のおかげで、トマトも赤く瑞々しく実った。
進みながら眺めていると、私たちだけじゃなく、高山を始め、亡き人々もできることをやり、世界が動くのを実感する。リセットで国家や世界が崩壊した今も、社会は回り続けているんだ。
その上で私は、「できるできないを判断すること」と「自分ができることを他人に求めること」を考え始めた。ゲートが見えてきたけど、直視できる気分じゃない。
……難しい話だ。ようやく軌道に乗ったものの、生き抜くことで一生懸命な私たち。誰ができるできないかのトラブルは何度も起きている。その度に私たちは、気まずい空気に陥った……。