正常な世界にて
「オイ、比奈! 森村比奈!」
坂本の声で我に返る私。結論に至らずだけど、険悪なやり取りを思い出しツラくなるよりはマシだ。ゲートの金網フェンスにぶつかりそうだったし。
見張りシフトの彼は、ゲート上部に設けられた台上で振り返り、私を見下ろしていた。彼は旗へ目を移し、訝しげに目を細める。
「その旗どうした? 日の丸と金シャチ?」
「うん、そう!」
私は即答すると、新しい日章旗をフェンスにくくり付ける。旗の四隅を網目に挟みこませ、固定させることにした。
「ああなるほどね。覆うのにピッタリだ」
今度は答えずに続ける私。
……おぼつかない視線。小刻みに震える手先。正しく意識しなくちゃいけないのに、脳のどこかが受け付けない感じ。
やらなきゃいけないことだ、これは!
「こ、これでいい」
旗を付け終わり、私は坂本へ視線を移す。ううっ、彼女が視界に入った。
「子供がコイツラを見なくて済むね。……ボクらが見るのも減らせる」
フェンスの向こうに置かれた折り畳み式机を、上から指さす彼。視線は私へ向けたまま。
「うん、あまり見なくて済む。……これでいいんだよね?」
「……おい、自分でやると決めたんだろ? 自信や誇りを持ちなって」
彼から励まれた私。何度も聞いた言葉だけど、その通りなのは変わらない。
「自分ができることをやる。高山がさせたようにさせてるだけさ」
彼は言葉を続けた。彼は納得のご様子。
「そうだよね」
うん、おかしくない! 私たちは正しい!
ひとまず確信した私は、新しい日章旗の手前に立ち、旗の上から高山を見下ろす。コミュニティを守るフェンスと旗ごしに、彼女は今もそこに……。
机上で鎮座する、彼女の生首。焦げ茶色の髪が残る頭蓋骨が、静かに時を過ごしていた。
ここから見えるのは後頭部だけど、顔も薄ら見える気がした。横に並ぶ多くの生首同様、目玉をしぼませ、干からびた顔をね。
彼女たちに威嚇役を担わせたおかげで、今月は一度も暴徒を寄せつけていない。高山の組織も、あの日から接触も音沙汰もないほど。
ああ、私たちはできたんだ。
【終わり】