正常な世界にて
高山は立ち止まり、私を見据える。まるで今日初めて、目と目が合ったように感じた。
「……ハア」
突然、大きなため息をつく高山。スプリンクラーの雨音が止んで聴こえたほど、私には威力のあるものだった。
彼女自身だけじゃなく私へも、諦めの感情がこめられた嘆息。
「ワタシは、ワタシはね。自分ができることをやる、やっただけ……」
嘆きも付け加えた彼女。
私を哀れんでる? 私が哀れむんじゃなく?
私の視線は彼女から逸れ、右側へ移る。水滴を弾け飛ばすレールへ……。
高山の運命は決まり、私はピストルを彼女へ投げつけた。
「ぐうっ!」
鼻頭に見事命中し、彼女はナイフを落とした。
運命を辿りゆく彼女。
私が彼女へ歩み寄り、両肩を掴んだ後、彼女もその運命を理解できたはず。できるに決まってる。
「私だって、自分ができることをやるだけ」
右側へ投げ飛ばす寸前に、そう言ったしね。
鼻を押さえたまま、右へ倒れこむ高山。……その先で彼女が、派手に感電し始めたときも、後悔の念は湧かない。
「アバババババババ!!」
叫ぶ彼女に、心の中で別れを告げる私。どのみち聞こえないから、即興のセリフで。
全身を激しく震わせ、地下鉄車両向けの電気を味わう高山。これがアニメなら、高圧電流が流れる骨格模型を見られるところ。口がバカみたいに開き切ってて笑えた。
彼女は頭から給電レールに触れており、髪は瞬時に乾き、パーマの失敗例と化していた。高電圧から血液が沸騰し、皮膚に焦げていく。
残酷な死に方だけど、それでも後悔はない。直接でも間接にでも、彼女がやった所業を考えれば、感電死は温情に値する。電気椅子の亜種みたいなもので、つまり死刑だ。
過充電が起きたのか、高山は給電レールから弾け飛ばされ、本来のレールへ後頭部から落ちる。拍子に飛び散った数滴が、私にもかかった。
両腕両足を投げ出し、大の字で仰向けに寝転がる彼女。上品さの欠片もなく、髪はチリチリで孔雀のような広がりよう。
「ああ日本の、日本の未来を、見たい、見たかった……」
彼女の遺言だ。最期に言い残した未練ある言葉。
それが遺言だと言い切れた理由は、五分後に死亡を確かめられたからだ。その際、死んだフリしてるかもという恐怖心は、不思議と湧かなかった。
「オイオイ、気をつけなよ」
坂本がそう言ったのは、高山の瞳や口を指で閉じた後。