正常な世界にて
【第51章】
高山にツラく当てるべく、ピストルを発砲する私。怒りと絶望から心が乱れ、引き金の指はためらわない。舐められてるのか、彼女はその場に立ったままだ。立派なもの。
一発の銃弾が給電レールに当たり、スパークと火花を湧かせ、彼女を逆光で照らす。暗く不気味な高山の顔に、ゾッとなどしない。
別の銃弾が彼女の横髪に当たり、濡れた茶髪から舞う水滴。あと四センチほど左だったら、彼女を確実に殺せた。
……残り二発、いや三発。狙いを特につけなきゃいけないけど、心や指の勢いは変わらない。むしろ悪化していた。二発の銃弾が、トンネルの暗闇へ消えたのは当然だった。
そして最後の一発が、彼女の左ひざに当たったのは、まぐれもまぐれの大当たりだ。しかし、最後は最後だ。私のカウントミスで、一発まだ残っている幸運に期待したけど、ピストルのスライドは後退したまま。
コミュニティへ弾を取りに戻りたいけど、眼前の高山は待たないしどころか、絶対許さないご様子。
彼女は私を睨みつけてはいるものの、怒りの度合いは弱く見えた。
「これで平等ね。私は重症であなたは軽傷だからね」
彼女は右横腹と左ひざの銃創を、私にまじまじと見せつける。動作に支障はあるものの、痛みは問題じゃないようだ。不感症にさせるほど、あの薬は強烈らしい。
……生理痛にも効くなら、彼女から在庫のありかを聞き出そうかな? あれば安心だし、左足の傷を始め、今までへの償いだ。ただし、何パーセントかのね。
そんな甘い考えを抱く私を、甘い残り香が現実に引き戻す。砂糖爆弾の芳香が、電気火災の煙と共に漂っていた。
「ううっ、うっううっ……」
私の足元で、苦痛の底に未だ沈む坂本君。床の濡れ雑巾と化した彼は、私や高山を時々チラ見するぐらいで、股間の痛みに向き合うのみ。……もし戦いたくないだけの仮病なら、ただじゃおかない。
「ああ、足手まといがいる分、不平等じゃないか……」
彼女が嫌味ったらしく言う。しかし、口調には震えがこもる。手首や足首も明らかに震え、目の焦点は定まっていない。
あの薬は劇的な効果のある一方で、短時間しか続かないらしい。もし彼女が一度に一瓶丸ごと使ったとすれば、コスパの悪い薬だ。
「ねえ、大丈夫?」
「余計よ、余計なお世話!」
思わず出た私の言葉を、彼女は嫌味と受け取った。
「ああ、もう! ……あいつら、本当に、本当に詰めが甘い」
震えが激しくなる、彼女の口調と所作。スプリンクラーで濡れてなければ、額は冷や汗でずぶ濡れだ。
左ひざの銃創からの出血は、足首まで伸びる黒デニムに隠され見えないけど、かなり酷そう。身体のバランスを失いつつあり、気を抜けば、右側へ倒れこむはず。
濡れた給電レールが、水滴を弾け飛ばす音が聴こえてくる。