正常な世界にて
……惜しくも、黒光る台尻は逸れていく。彼女がギリギリで頭部を右へ傾けたのだ。自動小銃を逆に構えた坂本君は、前のめりに倒れかけた。すぐ隣りには、姿勢を素早く戻した高山さん。
「わざとだろうけど、正しい日本語使おうね?」
彼女はサラッと言うと、彼の股間へ左ひざを命中させる。男子同士の悪ふざけ程度じゃなく、本気の金的キックを彼女を披露した……。大きく身震いし、両手で股間を押さえつける彼。
マンガのような見事な蹴り方だった。もし高校に女子サッカー部があったら、彼女は試しに入部してたかも。カッコいい足の動きだった。
……いやいや、感心しちゃダメだ。ホント無邪気なもんだ私は。
男の急所をキックされた坂本君は、数秒間ほど身悶えた後、よろめきながら戻ってきた。そして、私の足元で尻もちをつき、股間を必死にいたわる彼。視線で介抱を願ってるけど、私は視線を彼と高山さんへ交互に向けるので精一杯だ。ホントに悪いけど。
女性であり高校生の身である私には、男性が金的キックを喰らった際の痛みは理解できない。未経験だけど、出産の苦しみと同じぐらい?
ここで私は、「女性にも男性にもツライ事はある」と理解できた。単純な話じゃないと、社会から指摘されるかもだけど。
「ココにも、ベルトを、付けとく、付けとくべきだった……」
よほどの激痛に悶え苦しみながら、後悔の言葉を述べる彼。命に別状はなさそうだ。
「種無しになってたら、誠にごめんなさい」
高山さんがそう言ったが、本気の謝罪じゃないのは明白だ。それに私に謝られても困る。
「もうそこに宿ってるなら問題ないけど」
彼女は続けてそう言った。口元には笑みが見える。
……ああそういう意味か。リセット以前の社会なら、間違いなくセクハラ発言だ。同性同士では該当するか知らないけど、抗議の声をあげられる状況ではない。
「はあ? 宿ってないかないよ! 変なこと言わないで!」
しかし、負けじと言い返すことはできる。私が今できることだ。
「シェックス、レシュ、というやつ、さ」
坂本君が苦しみながら喋った。彼に発言や体は許してない。
「そもそも、こんな世の中で子育てできると思う? リセットが無くても、少子化高齢化が進んでたぐらいだよ?」
自分自身の発言に夢中になりつつある私。まずい、スキが生まれちゃう。
「大丈夫! リセットで解決できるはずよ!」
私が調子に乗せたのか、高山さんの口が回り始める。
「それぞれが頑張って取り組めば、どんな問題だって解決できる!」
聞こえのいい言葉だ。本音は「自分ができたんだから、お前もできるはず! さあやれ!」という具合に決まってる。