正常な世界にて
「ヒュー!」
口笛を鳴らす坂本君。ああ、緊張感ないね。
心の中で呆れながら、私は彼を一瞬睨みつける。油断大敵だと、視線で伝えたつもり。
高校で人伝に聞いた話だと、高山さんの胸はFカップとのこと。彼女の巨乳に「なるほどなるほど」と、当時は羨ましく思い、嫉妬もした。立派な「格差」だとね……。
外見を重視する男性への嫌悪感もある。現在進行形で坂本君が、彼女の胸へ視線を向ける今が特にそう。……まあ、私の視線も自然と、彼女のご立派なお胸へ向いてしまう。
「ふざけないで!」
それでも、彼へ悪態をつかずにいられなかった。「命を守る行動を取れ」が最優先の状況に、私たちは今もいるんだから。極論だけど、彼女を殺した後でも、見るセクシーは堪能できるはず。私が両胸に銃弾を撃ちこめば、話は別だけどね。
「ヤダなあ、誤解だよ」
釈明する彼。どういう誤解なのか問い質したいけど、それも彼女を殺した後でもできること。
誤解を解きたいのか、膠着状態にしびれを切らしたからか、坂本君は直後に動き出す。彼は自動小銃の台尻を、高山さんへ向けたまま進む。ナイフの刃先を数センチ突き出し、牽制する彼女。
彼は間合いに入る直前、台尻の狙いをナイフに定める。そして、勢いに身を任せ、思い切り突き出した。彼女からナイフを手放せたいらしい。
「うっ」
台尻の先がナイフの刃に当たり、高山さんは呻く。しかし、右手首を痛めながらも、ナイフは握りしめたまま。彼と再び間合いを取ろうと、彼女はナイフを左右に振りながら退き始める。
薬の効果が薄まってきたのか、ベンチで死にかけてた状態へ戻りつつある彼女。トンネルへ逃げずに対峙したことを悔やんでそう。
逃がすもんか! 情けから殺さない展開になったとしても、五体満足の自由な身には絶対させない!
恐怖を怒りで押し殺しながら、私は歩み寄っていく。銃口の狙いがぶれないよう意識しつつ。
幸運にも、彼女は逃げなかった。三メートルほど退き、また身構えている。……ただ、小刻みに震えるナイフはごまかせない。
「これ、さっきの、お返し!」
坂本君は三拍子でそう言うと、台尻で再び突きを繰り出す。今度は顔面目がけた、危険な賭けに。