正常な世界にて
転んで時間を喰うこともなく、私と坂本君はホームから線路へおりられた。高山さんの待ち伏せもない。
ただ、余裕がなく、彼に急かされたせいもあり、その際に尻もちをついてしまう。見事かつ無様に尻を強打し、ダブルでこみ上がる激痛が、気絶や失禁を煽ってくる。
しかし、そんな扇動は爆発で吹き飛ばされた。左足と尻から痛覚が一瞬消えたよう……。
爆発音は何度も耳にし、砂糖爆弾のそれは比較的地味に聞こえた。それでも、地下鉄駅という閉鎖空間で、何度も反響し、私の鼓膜をえぐる。爆発の瞬間、脊髄反射的に耳を塞がなければ、聴覚障害も抱えただろうね……。
蛍光灯の細かなガラス片やチラシの紙片、ホコリが縦横無尽に飛び交う。薄汚れた柱に当たったり、天井の表面を駆け回ったり。
大小さまざまな欠片が、ただでさえ薄暗い空間を汚く濁らせ、瞬きを強いる。目にゴミが始終飛びこんできて、開けていられなくなった。さらに、電灯の大半が、爆発により消えるか点滅状態で、磨かれたレール表面もよく見えない。
非常ベルの「ジリリリリリ!」という連続した高音が、耳を覆う手のひら越しに聞こえる。そして、私が耳から恐る恐る手を離した直後、今度はスプリンクラーが散水を始める。
ゲリラ豪雨のように降り始めたシャワーで、全身がたちまちずぶ濡れに……。水で服は重たくなるし、左足の傷口にしみる。傘が欲しいけど、『友愛の傘』が線路上にあるわけない。
幸いな点は、シャワーのおかげで、舞い漂う欠片が地へ落ちていくことと、視界の濁りが少々マシになったことだ。目に水が入らないよう、顔の向きやらを上手く調節すればよかった。
まず目に飛びこんできたのは、線路側へ傾くホームドアの壁で、それも一ヶ所だけじゃない。砂糖爆弾がもう一つか二つ爆発すれば、次々にバタバタと倒れていくに違いない。
掃除するぐらいじゃ、地下鉄の復旧は無理という有り様だ。あたらめて私は、リセット以前の生活に戻りたいと思えた。手遅れなのはわかっている。
センチメンタルな心情は、レールの先に見えた高山さんの背中で、脳の端へ移される。死の恐怖も消え失せ、代わりに怒りが現れる。怒りの感情が、積極性を自ら煽り立てた。
「待って!! 待ちなって!!」
彼女の背中目がけ、今日一番の大声をぶつけた私。隣りの坂本君が驚いてたじろぐほど、語気を荒げて。
……駅から名駅方面のトンネルに入りかけてた彼女は立ち止まり、数秒後こちらへ振り返る。見定める目つき、輝かないナイフの刃。
そして次の数秒後、早くも決断した彼女が、こちらへ戻り始める。堂々とした歩みでなく、荒々しい走り方でだ。
彼女らしくない足の運び方に、戸惑いが心に生じたものの、逃げる気はまったくない。背中を見せても刺されないと限らない世の中で、私は今も生きてるんだ。