正常な世界にて
高山さんは右手でショットガンを掴んだまま、左手で刺してみせたのだ。ああ、彼女が飲んだのは劇薬に違いない。ここは私も劇薬である、コンサータを服用するほうがフェアといえる。……本日三度目だけど。
「クソッ!」
彼は顔を歪ませ、冷や汗を額一杯に浮かべながら、彼女の両肩の付け根辺りを力任せに押す。ナイフは左胸から抜け落ち、刃先の鮮血を私に見せつけた……。
そして彼は、崩れるように尻もちをつく。弾切れショットガンは床へこぼれ落ち、硝煙を静かに漂わせる。
彼を介抱したかったが、高山さんの鋭い視線を感じた。
(次はあなたの心臓よ!)
彼に押された彼女は、ベンチへ上手く腰をおろせていた。いい位置にベンチがなければ、彼女も尻もちをついてたはず。
彼女は私を睨みながら、床のナイフへ拾うべく、タイトな尻を上品に浮かべる。だけど、彼女がナイフへ差し向ける両手は、とても下品に見えた。
今や彼女の一挙一動すべてが、狂気そのものだと感じる。受け取る側の私が、疲労やショックで病み始めてるかもしれない……。
いや、いやいや違う。私はまともだ。彼女は私を殺すつもりでいる。情け容赦せず、世間話もなく……。
今取るべき行動は、応援のコンサータを噛み砕くことじゃないし、ホウレン草を食べたポパイにはなれない。だけど、自分なりの暴力はできる!
奮い立った私は、高山さんの横腹へ体当たりを喰らわせる。ピストルで狙い撃つ猶予はなく、物理的かつ原始的に動いた。
すると、見事な大当たりに! 正直怖く思えるほどの当たり方だった。
ケガした右横腹じゃなく左横腹なのは残念だけど、彼女を無様に転ばせるまで成功する! 自分史の一ページを飾れる格好だ。
いつもながら衝動的だけど、彼女の上手を取れた。三級の発達障害者が一級の精神障害者に一撃お見舞いしたわけだ。
……とはいえ、彼女を殺せたわけじゃない。あくまでも転ばせただけ。
ホーム床のゴム臭さが、私を我に返させる。私と彼女は向かい合わせる体勢で、硬い床に倒れこんでいた。
「どきなよ! どきなってば!」
胸の下で彼女が罵ってくる。昭和区のお嬢様らしからぬ、汚らしい口調だね。うるさい。
つま先で彼女の足をを蹴りつける。ひざ辺りを何度も蹴ったものの、丈夫なデニム地に守られていた。ちっとも痛がらない彼女。
……まるでレイプだけど、この黒デニムを脱がしちゃおっかな? 嫉妬しそうだけど、坂本君が痛みを忘れ頑張ってくれるかも。
スマホで撮ってもネットへ流せないのが残念だ。ソレを有効利用し、彼女から殺意を削げたのに。