正常な世界にて
いやいや、思えるしありえるじゃないか!
悪寒は強まり、私は高山さんへ素早く目を移す。彼女は今も坂本君と口論中だ。それも、両腕でジェスチャーを交えながら……。
再び空き瓶を見る私。今度はラベルじゃなく、内部に溜まった水をだ。思わず手が震え、水をこぼしかける。
……赤みのない、薄灰色の水を。
次の瞬間、私の目は排水溝へ移った。流水は赤く染まってなんかいやしない。
「蹴って!!」
坂本君にそう叫んだ私。高山さんを「撃って」と言うつもりが、これじゃ変態のセリフ……。恥ずかしいタイプの失言だね。
「はあ?」
案の定、坂本君の誤解を招いた。
「撃って、高山さんを!!」
言い直したスキに、高山さんは反撃に移る。
彼女は右横腹を覆う包帯のスキマから、細長い小物を取り出した。ケガした箇所から平然と……。激痛を思わせる行動に、私と坂本君は悶える始末。
彼女が右手首を軽く捻ると、小物は刃物に変わった。薬のおかげで、彼女は華麗さを取り戻せたようだ。
出し切ったカッターナイフぐらいの刃渡りだけど、刃の威圧感はそれに勝る。
……バタフライナイフという、映画ではお馴染みの凶器だ。
「あっ、クソッ!」
坂本君が悪態をつくのと、高山さんがベンチから立ち上がるのは同時だった。そして私が駆け出すのも。
高山さんは躊躇なく、刃先を坂本君の首に向け、左から右へ振る。大きな弧を描く刃の反射光は、何かを主張するように見えた。