正常な世界にて
「先にジャマしたのはそっちでしょ? 今後もジャマし続ける様子だったから、私は仕方なく」
「オイッ、偉そうなことはボクに言えよ」
私を守るためか彼自身のせっかちからか、彼は彼女に言った。
「ワタシはずっと、自分ができることをやってるよ。目的を忘れずに行動しているだけ」
彼女は彼と向き合うなり言った。信念に満ちたその表情は、高山宅でも目にした。嫌でも思い出される、彼女のご両親の乾いた死に様。
「……えっと、目的は確か、人類の多様性を守りたいだっけ?」
坂本君が言った。口元に浮かぶ、蔑みの笑み。
どれほど大層な目的があっても、致命傷を負った現状では、虚しさしか育まれない。カリスマ性や説得力など、もはや論外の域……。
「あら、目的をバカにできる身なの? 何もしなかったら、あなたたちも世界に排除されてたよ?」
彼女はそう言った。仕返しらしく、口元に笑みを浮かべてる。鼻をフンッと鳴らす坂本君。
「恩着せがましいな。結局、自分だけ幸せになるというパターンだろ、どうせ?」
坂本君は彼女を信用しないながら、目的自体は認めるという立ち位置らしい。もし私や伊藤が「人類の多様性」を目的に持ち出したら、綺麗事とはいえ同意してくれそう。
しかし、今は私たちも楽じゃない。彼女はこのまま死ぬけど、残党や暴徒やらの脅威は消えず、水や食糧の問題で日々悩むはず。頭上の電灯だって、停電になれば役立たず。
私も目的自体は認める。ただそれだけの事。
「心の底では、ボクら発達障害者のような人間をバカにして、駒として使いたいんだろ? 上で死んでる女子は模範例でさ」
視力を失ってもなお、高山さんの下で戦い死んだガンガール……。もし高山さんに上手く言いくるめられてたら、あんな死に方だったかもね。
「誰かをバカにすることぐらい、あなたはいつもしてるじゃない?」
おおっ、ロジハラだ。これはロジハラの模範例だね。
「……誰でも平等に相手してるだけだよ? 健常者だろうと障害者だろうと。それに、日本人でも外人でも」
坂本君が言い返す。開き直りを隠せない口調だけど、後ろめたさはあるらしい。
「とにかくこれは、自分ができたりやりたい事を他人に求めた結果だよ。他人に押し付けた結果、そんなお姿というわけ」
彼は話を移すと同時に、高山さんを貶める。彼女の口元から、笑みがたちまち消え失せた。
発達障害者の私でも、場の空気がさらによどんだと感じられる……。