正常な世界にて
【第47章】
高山さんは、若水さんおよび彼氏さんの無念を晴らすべく、暴徒二人組を無残に殺したそう。快挙だ。
彼女が言うには、クラスメートの若水さんは絞殺されたとのこと。避難所だった高校の体育館から教室へ逃げこんだものの、暴徒に発見されてしまう。そして、ヤツらに殺され犯されたという最悪の展開へ……。
違うクラスで名前も知らぬ彼氏さんは、右拳に血痕を残してたそう。彼女を辱めた暴徒を、死ぬ前に殴りつけたと思いたい。うん、思うべきだ。
「せめて死なずに済んでたら」
賛同も反論もできないコメントを、坂本君がボソッと言った。
そのとき、若水さんの噂を思い出す。誹謗中傷や下ネタじゃなく、彼女が命拾いした話だ。
例のIQ検査で「定型」の診断を受けたものの、父親の努力で収容所送りから逃れられたという噂話だ。検査機関が忖度し、彼女に一度下した診断を後で書き換えたという。
ズルい処世術だけど、私たちは非難できないんだ。普通に生まれ育ち「定型」の診断を受けた人々が、収容所で酷い待遇を受けてる事ぐらい、高校生じゃあ常識なんだよね。
……収容所送りにならず、恋人のそばで死ねたと解釈すれば、彼女の生涯は幸せだった。忖度させた父親は、そんな弔辞で盛り上げるしかない。
二人組の暴徒に報いを受けさせた後、高山さんは校内を見回り、他の暴徒も平等に扱った。我が物顔で闊歩する連中を、三十五番と共に次々葬ったそう。
「結果的に高山ができた事は、殺しばっかりというわけだね」
坂本君が言った。高山さんの自慢げな語りが気に喰わないらしい。
「……まあそうなるわね。結果でまとめるなら、あなたたちの行動も暴徒と大差ないわけだし」
高山さんがそう言い返すと、坂本君は軽くキレた調子になる。彼は不機嫌そうに、ベンチの背もたれを蹴った。彼の黒いスニーカーが、彼女の右腕をかすめた。
静かなホーム全体に響く鈍い音。ベンチが固定式のおかげで、彼女は後頭部を壁にぶつけずに済んだ。
前かがみになり、間近で彼女と睨み合う坂本君。
「ボクらは自分だけじゃなく、周りのために動いてる! できる事を自分なりにやってるだけ!」
唾を飛ばしながら、彼はそうまくし立てた。
「うん、その通り。ただ盗んだり撃ってるわけじゃないよ」
勢いに釣られ、私もそう言った。彼女は私へ視線を一瞬移し、眼前の彼へ戻す。
「食べる物や殺す物を手に入れるのは生き残るため。高山さんたちとかにその、皆殺しにされるわけにいかないから」
私がそう続けると、彼女は視線を再び私へ移す。今度は戻さずにそのまま。