正常な世界にて
【第46章】
ベンチの水抜き穴から赤い滴がポタポタ垂れ落ち、タイルに一本筋を走らせている。
「ワタシを撃った奴は、……確か、伊藤という奴だっけ?」
滴の源泉である高山さんが、私と坂本君に尋ねた。死にかけの見た目と違い、口調には気力がまだ残る。
「ああそうだよ。コレ、お前の子分の銃でさ。ボコボコに殺してやったら、もういらないって」
「……三十三番」
高山さんが呟いたとき、悲しさが垣間見えた。
「はあ、三十三番? 番号呼びって冷たいな。お前らしいけど」
「情けをかける、いや、情けをかけられる身じゃないからね」
「ああだろうね」
「三十五番の子は怒るかな? 悲しむかな?」
高山さんは目をつぶり、天井を仰ぐ。
「その三十五番って、狙い撃ってきた子分?」
私が尋ねると、高山さんは静かにうなずく。
「そいつもオレがやったよ?」
いやいや、それは私の手柄だ。騙りじゃなく本気らしいね。
「彼女は死にかけてたけど、三十三番の子がここまで連れてきたの。応急処置できたし仲間が運んだから、まだまだ戦える!」
語気を強めた。騙りじゃなく本気のよう。
念のため、周りを確認する私。
こちら側にも反対側にも、誰かが潜んでいる気配はない。天井に吊り下がる電光掲示板が「全線運休」と告げるとおり、電車が来る気配もない。死体が数人分転がってるけど、今さら怖くない。
ただ、両側とも電車が来ていないのに、こちら側のホームドアが全開という点が気になった。そこで私は、ホーム上からそっと線路を覗く。
……そこも無人で、高山さんのお仲間に額を撃ち抜かれる展開は回避できた。
「映画と違って、線路を歩くのって大変よ。地下鉄で暗いしね」
後ろから彼女が言った。
なるほど、名古屋市内をほぼ隈なく走る市営地下鉄を、彼女たちは今も活用してるわけだ。電車じゃなく徒歩だけど、地上を歩くよりはまだ安全だろうね。
けどまあ、気持ち的にも明るい道のりじゃないのは間違いない。人気のない線路の両方向を見て、深夜の一人歩きに近い恐怖感を抱いたほど。
「ワタシたちが少女版スタンドバイミーやってる間も、あなたたちは飲めや歌えやでしょ?」
高山さんが嫌味ったらしく言った。彼女へ振り向くと、口元の深い苦々しさが目に留まる。筋肉痛にも苦しんでいそうだ。
「いいや、歌ってはいない。少なくともボクや森村はね」
デパートから高級酒を頂いた坂本君が、自信満々に言い返す。
「あっそう。……それで、好き勝手に物を手に入れられた?」
「もちろん!」
彼は得意げに言うなり、人差し指で彼女の額をツンッと突く。気に障ったのか、調子に乗り始めたのか。