正常な世界にて
伊藤に救急箱を箱ごと渡すと、彼は自身の応急処置を始めた。亡きガンガールから受けた銃撃と比べると、高山さんのそれは軽く済んだらしい。
「ヨシッ! これを地下鉄に投げこんでくるよ!」
坂本君はそう言うと、了解を得ることもなく、砂糖爆弾へ手を伸ばす……。
しかし間一髪で、私と伊藤の手がそれを阻めた。衝動的かつケアレスミス多めの彼に一任するのはハイリスクだし、使い方も知らないじゃない……。
「……悪く、別に悪くないけど、それ、それだとさ、その、高山の死をさ、確認しづらく、なっちゃう、からさ」
激痛に耐えつつ、坂本君を諫める伊藤。私同様、伊藤も慣れっこらしい。
「まあそれもそうか」
伊藤の必死さを理解できたのか、坂本君は引き下がってくれた。ああよかった。
「とはいえ、この爆弾は、その、試したいからね」
伊藤はイヤなことを言い出す……。
「うんうん、やっぱりそうだよな」
「高山のさ、死体を埋め、埋めるためなら、下でさ、爆発させちゃっていいよ、オーケー」
欲張りなプランを立てたお二人様……。
高山さんは確かに敵だけど、爆破実験に付き合わされるのは少々可哀そうに思えた。
……けれど、反対する気までには至らなかった。……彼女の宿命かつ運命を考えれば、当然の結果とも思えるからだ。
そして伊藤から、砂糖爆弾の使い方を手短に教えてもらった。安全安心に起爆するため、最低限のことは知っておかなきゃ。
ところが坂本君は、伊藤から爆弾を受け取るなり、早くも走り出そうとした……。即座に止めたのは言うまでもない。
「ちょっと待てよ。アイツ、他のとこから逃げてくかも?」
坂本君の指摘は、珍しく的を得た。地下鉄駅の出入口は何ヶ所もある。
「大丈夫、それは、大丈夫。彼女は地下鉄から、ここに着て、帰りも地下鉄さ。電車はない、走ってないけど、地上よりも安全に、安全に歩ける」
痛みに苦しみながらも、真面目に説明してくれる伊藤。高山さんを初めて痛めた件は許そう。
「あと、停電のほうは?」
これは余計な心配事に聞こえたけど、気にならないわけじゃない。悪い思い出しかない地下鉄だからね……。