正常な世界にて
……その三発目は運悪く、伊藤の左肩に当たってしまう。かすり傷で貫通したけれど、彼をひるませるには十分過ぎた。ショットガンを落とし、そこにうずくまる伊藤。処置したての傷口が開いてしまったようだ。
「…………」
まとめて襲いかかる激痛に、声をあげられないほど。彼は体をブルブル震わせながら、うずくまるばかりだ。
「ううっ……」
高山さんが痛みに堪え切れず、ピストルを落としてなければ、四発目が彼の頭頂部に穴をつくっていたかもしれない。
高山さんがピストルを拾う前に、私は伊藤の無事な右腕を引っ張り、壁の陰へ移してあげる。力任せでかなり痛かったはずだけど、彼は目で感謝の意を示してくれた。
「クソックソッ! クソ女!」
伊藤を引く私とすれ違う形で、坂本君が壁の陰から飛び出し、ピストルを連射する。残り少ない手持ちの銃弾を惜しむことなくね……。
そして、私が止める間もなく、銃の後退したスライドが弾切れを告げた。坂本君は舌打ちし、ポケットへ銃を雑にしまうと、私の顔をキッと見る。
「貸してよ! 銃をさ!」
自販機の前で百円玉をせびるように、私にピストルを寄越せと言った。私のピストルも弾切れで終わるのは間違いない。
「坂本、いったん落ちついて。死ぬケガじゃないからさ」
伊藤はそう言うと、床を這い、壁に背中を預けて座った。
彼は冷や汗を額にビッチリ浮かべ、メガネは斜めに垂れている。こんな時じゃなければキモイね。
そのとき、外からピンポン音が聴こえてきた。センサーで作動する、視覚障害者用のあのチャイムだ。高山さんが鳴らしたすれば、彼女は逃げ出したというわけだ。それも地下鉄構内へ。
坂本君がムキになる気持ちは理解できるけど、急かされて焦るのはイヤだ。有利なのはこっちだけど、彼がこれでは命取りになりかねない。
……今さら思ったけど、地下鉄関係でいい思い出は一つもない私。
「あーあ、逃がしちゃったよ! 地下に逃げてった!」
坂本君が私に言った。八つ当たりに感じたけど、言い争いする暇はない。
「いやいや、ツイてる、これはツイてるよ。彼女はその、ケガしてる。そして、その、これは無事だしね……」
伊藤はそう言うと、カーゴパンツの膝下ポケットから、例の砂糖爆弾を取り出した。砂粒をパラパラ降らせつつ、床にそっと置かれたそれは、小さくも威圧感を放つ……。
ああ、銃撃で起爆しなくてよかった。……ホントによかった。うん、確かにツイてるね。