正常な世界にて
【第44章】
後ろから飛来した銃弾は、誰にも当たらず、壁に掲示されたカレンダーに穴をあける。平成三十年六月のページが開かれたまま、バサリと床に落ちた。画鋲が床を転がり、机の下へ消える。
発砲に臆することなく、私はドアの向こうへ目をやった。
ドアの真正面に当たる位置に、高山さんが見えた。改札機の向こう側でピストルを握りしめ、こっちを睨んでいる。彼女も私服姿で、黒デニムに包まれた両脚に緩みはない。
つい数日前、学校で会ったばかりだけど、久々の再会に思える。詳細を知らずとも、彼女は彼女で変化や成長があったのだ。
……しかしそれは、溝がさらに広がったことを意味する。
下げていた銃口が水平に戻る際、ためらう素振りは見られなかった。伊藤はともかく、私と坂本君に情けをかける気は、まったく無いらしい。……仲直りなど絶対できないと、確信を持てた瞬間だ。
「壁! 早く壁!」
坂本君はそう叫ぶと、押し倒すように私をドアから離れさせた。力任せに肩を押されながら、彼女の姿を目に焼き付ける。
壁の反対側から、彼女の鋭い視線を感じる。敵意のこもった彼女の顔が、壁に浮かんで見えた。
再び鳴る、乾いた銃声。ピストルの弾はタイル床で跳ね、駅事務室内に駆けこむ。薄い金属板の机に当たり、大きく凹んだ。
静かな駅に鳴り響く、金属の長い悲鳴。幸い、音を気にする心配はないようだ。少なくともこの場に、高山さんの味方は一人もいない。それから武器は、同等またはこっちが有利だ。彼女の背中にロケットランチャーの類はなかった。
そして何よりも、人数差は大きい。いくら彼女でも三人同時に射殺は、現実的にできないはず。
勝てる! 今度は敗北でも敗走でもなく、高山さんに勝てるんだ!
大きな油断やハプニング(坂本君か私自身が裏切るような)さえなければ、彼女の敗北は間違いないといえる。
その事実は、伊藤が早くも裏付けてくれた。ケガや仲間の犠牲への仕返しだけじゃなく、活躍の機会を伺っていたらしい。彼は鹵獲したてのショットガンで、高山さん目がけて発砲したのだ。
「キャッ!」
彼女の悲鳴を聞いたのは、これが初めてのこと。悔しく思える類の「初めて」だ。手にしたかったものを奪われた気分になる私。
今の彼女を目にすべく、壁の陰から飛び出した。
伊藤の散弾が、高山さんの右横腹部分を赤く染めていく。着るカッターシャツが薄手のため、出血がはっきり見える。
医者に診てもらえなければ死ぬだろう。ただ彼女は、致命的な激痛に耐えながら立っている。足元にポタポタ垂れゆく鮮血なんて、毎月恒例のアレと同じだと開き直ってるのか……。
さらに彼女は、発砲までしてきた。弱々しくも撃ち返してみせたのだ。