正常な世界にて
……耳障りでしつこくうるさい音。あの二つを「悪く」使えば出せる! 普段なら怒られるやり方で。
悪用を思い立った私は、急ぎ足で駅長机へ向かう。足音を気にする余裕はない。転がるイスは蹴飛ばしてやった。
「おいっ」
坂本君は悲鳴に近い小声を発し、私を引き留めようとした。説明する余裕もなく、構わずに急いだ。
背後から発砲音。幸い、放たれた散弾は運良く逸れ、ホワイトボード一面に当たる。細切れになった文字が、破片となり飛び散った。
死の恐怖を改めて感じたけど、立ち止まれば現実となる……。
私はメガホンを握りしめるなり、機器へ飛びつく。急いで背面へ手を伸ばすと、電源ボタンらしき突起に触れられた。迷うことなくそれを押したのは当然だ。次の散弾が、私を細切れにしないと限らない……。
眼前の機器こと駅構内放送機器は、一番大きく目立つランプを赤く灯した。機器内部だけでなく、天井のスピーカーからも小さな音が鳴り始める。こういう機械に詳しくない私でも、いつでも使えるとわかる。
私は浮足立つことなく、メガホンの電源を入れ、赤いランプを灯した。こっちのは小さいけど、頼りにする身からすれば同じだ。天井のスピーカーも、まるで同意しているかのように音を……。
「わあああああああ!!」
マイクテストじゃなく、私は必死にメガホンへ叫び続ける。カラオケのサビ部分でもこんな大声をあげたことはなく、早くも息苦しいけど耐えなきゃいけない。
メガホンから発せられた声は放送機器を通じ、駅構内すべてに流れていく。
それも私の声だけじゃない。放送機器がメガホンの音声を増幅させ、「キーーーン」というハウリング音を狂ったように放ち続けるのだ。片方が沈黙するまで、コンビによる演奏は終わらない。
安直なやり方だけど、ガンガールに大きなスキが生まれてくれた。彼女はガラスドアの元で両膝をつき、両耳を痛そうに押さえつけている。ショットガンはガラス片の中へ落ち、カチャリと音を立て、銃口から硝煙を漂わせるのみ。
耳を押さえながらも、坂本君と伊藤は反撃に動いてくれた。私の口と手は塞がっているから、ここは二人が頼りだ。
……ところが、狙いを定める素振りすらなく、坂本君はピストルをひたすら撃ち始める。伊藤は箒を握りしめたまま、流れ弾を恐れ立ち尽くすばかり。
「ちゃんと狙って!」
怒りと焦りがこみ上げた私は、一呼吸おき、言葉を挟まずにいられなかった。表情で軽く謝る坂本君。
ほんの僅かなスキマ時間にもかかわらず、このスキをガンガールは逃さなかった。彼女は指を切るのをいとわず、足元のショットガンへ手を伸ばしていた……。