正常な世界にて
【第42章】
盲目のガンガールはバリアフリーを活用する。あざとい絶対領域の映える両足が、点字ブロックのラインを堂々進んでいく。
もちろん黄色いラインは、この駅事務室へも伸びていた。そして、勘か偶然か、彼女は途中の分岐でこちらを選んでしまう……。
ラインに沿う律儀な歩き方は、ファッションショー気分かと思わせる。険しく焦りのこもる顔つきは別として。ガンガールは近づきつつ、装填し終えたショットガンを構え直した。予備の弾が無いらしく、ここで決着をつける気だ。
別の出入口はないかと、坂本君が室内を見回した直後、ガンガールが発砲する。間近で飛散するガラス片、床に落下する古いデスクトップパソコン。
驚いた拍子に悲鳴を軽くあげてしまう。あと少し左横に立っていたら、顔面に散弾やガラス片を満遍なく受けている……。
「入ってきたら、左右から体に掴みかかろう?」
「うん、同時にね」
伊藤と坂本君が小声で話す。今は机の陰に隠れ、スキを見て彼女に飛びかかるとのこと。ピストルに弾がまだあるとはいえ、見事一発で仕留められなければ、すぐさま反撃を喰らう。いくら至近距離でも外すかもしれないし、当てても急所以外なら撃ち返されるからね。
……ただ力づくにしても、タイミングを上手く合わせられるかな? 声を出さずに「一二の三」で合わせても、わずかな息遣いを彼女は聴きつけるかもしれない。
あのショットガンはセミオートで発砲できる銃で、もし片方、できれば伊藤のほうが撃たれ、坂本君と私で取り押さえる流れなっても、対処されてしまうかも……。事務室内は狭いので、二発で三人に命中という奇跡すらありえる。
私たちが有利になるには、人数差だけではダメだ。相手は一人だからと安直に考えてしまえば、私たちはそこに転がるお二人と共に、ここで腐りゆく運命を辿りかねない。
あんな感じに腐るのはイヤだと、小学生カップルの死体へ視線を移したとき、二つの防犯ブザーに目が止まる
遺物であるアレは囮に使える! かなり古典的だけど、わずかでもスキをつくれるなら、やる価値はあるはず。
鳴り響くガンガールの靴音にも突き動かされ、取りに向かう。足音を立てないよう、両膝つき足早に! 割れたガラスドアの向こうには、ガンガールのしかめっ面が浮かんで見える。坂本君と伊藤は察してくれていた。スキを伺い、逃げるか取り押さえるかしてくれるはず。
防犯ブザーの片方を手にし、蛍光色のヒモを摘まむ私。それからピロティへ勢いよく投げた。私の指とブザーの間で、ヒモがピンっと一瞬張る。そして、ブザー本体からヒモが引き抜ける。