正常な世界にて
この懸念を解決するためには、高山さんと最期まで戦うしかないだろう。もちろんそれは、簡単にできることでも、割り切れることでもない。
もし事が上手く運び、とどめの一撃を私が加える展開となったとき、自分はできるだろうか……。
今ここで坂本君から覚悟を問われれば、「できる」と即答するのは簡単だ。けれど言行不一致となれば、最初から「できない」と答えるよりも遥かに、情けなく悲しくなる。
……幸い彼は、腐乱死体二つを前に神妙な顔を浮かべたままでいる。私はほっとし、救急箱から必要そうな物を取り出す。高校の保健学習程度だけど、おおまかな応急措置はできそうだ。
駅事務室の閉じたドアの隙間から、銃声が今も聞こえてくる。よほど時間や弾に余裕があるらしいね。もしくは、無残な死に様を晒すよう、徹底的にやれと命令されてるとか。……うん、やっぱり他人事じゃない。
「小学生の癖に一万円札なんて持ち歩いてるよ」
福沢諭吉の顔を摘まみながら、坂本君が言った。私が伊藤の救護に当たる中、彼はマイブームの死体漁りというわけだ……。用無しの紙幣を丸め、適当に放り捨てる彼。
「どこかの社長さんの子供なの? 生徒証からわからない?」
ただ正直に言うと、好奇心にそそられた。腐りながらも仲良く死んでたお二人だからね。私学のお坊ちゃんやお嬢様が惨めに死ぬなんて、めったに起きることじゃない。
「ああ、コレが生徒証だ。……名前と住所は読めるけど、どっちも心当たりゼロだね」
彼はそう言うと、二人の生徒証をズボンポケットへしまう。お金持ちの住所が書かれているからだろうね。
「それからこんなの持ってたよ。どっちも高級品っぽい」
坂本君が今度摘んだのは、二個の携帯式防犯ブザーだ。両手に吊り下げられたそれらに、二人の死体が薄ら反射して見える。品質は確かなんだろうけど、これでは役立たずの代物……。
「絶対鳴らさないでよ?」
「わかってるって」
彼はそう言うと、防犯ブザーを持ち主へ返した。適当に放り捨てる形だったので、片方は死体から床へ滑り落ちてしまう。
……落ちた拍子にピンが外れ、ブザーがうるさく鳴るという展開は起きなかったけど、ホント肝が冷える。私は床から防犯ブザーを拾うと、近くのデスクの真ん中にそっと置いた。
深呼吸したいところだけど、吸いこんだ死臭で吐き気を催すわけにいかない。なのでここは、息をただ吐き出すのみ。