正常な世界にて
小学校高学年頃の男女二人が、壁に寄りかかる体勢で死んでいる。
それも、お互いの肩を仲良く寄せ合い、数匹のハエに集られる状態で……。顔や手足の皮膚は、健康的とは程遠い色合いで、元々わずかな筋肉は主から旅立つところ。
そして生前は二人とも、「上位の下」レベルの外見だったと伺える。ある意味、今もお似合いだ。
私学らしい制服の下では、ウジが新生活を始めているはずで、世代を重ねた末に残るのは、小さな白骨二人分だ。
「定期券でここまで待たされたヤツは初めて見たよ」
坂本君のつまらない軽口を無視し、私は二人の死因を確かめる。
……まず二人は、高山さんたちに襲われたわけじゃない。腐り具合から考えれば、それは間違いないことだ。
事務室のホワイトボードには、「全線運休」「ポンプ電源予備どこから?」といった走り書きがあるものの、二人が救護を受けられた形跡はない。床に転がる備品やイスやらから、混乱の大きさが伺える。
女子は右足首を骨折し、小さな革靴の先をおかしな方向へ向けている。衣服の乱れはあるが、レイプされたわけじゃなく、雑踏に揉みくちゃにされた感じだ。
そして男子は、頭から顔にドロドロと血を流していた。きっと彼も、雑踏にやられた手合いだ。赤黒く乾燥した血の筋は、涙を物語るよう。
ラッシュアワーに狂気を加えた状況で、この二人は自然に痛めつけられ、正義の味方が現れないまま死んだ……。あのとき地下鉄は大混乱だったし、二人が事務室にたどり着けたとき、ここは放棄されていたに違いない。
そして、偉い小学校で偉い先生に教えられた通り、安全な場所に留まり、警察や消防の救助を待っていた二人。「死ぬまで留まれ」とは言ってないと願う。
二人の脇には開いたままの救急箱があり、包帯やらが無造作にこぼれている。彼らなりに努力したらしい。
それぞれのご両親は健在かな? お屋敷にまで暴徒が押し寄せ殺されていなければ、今も必死に探しているはず。
……けどまあ、今の私に手助けする余裕はない。ここで手を合わせ、二人の無念や不運を悲しむぐらいだ。ただ、涙は一滴もこぼれなかった。
それからこんな死に様の子供を、コミュニティから一人も出しちゃいけないとも。あそこには大勢の、……といっても、今の少子化に即した人数の子供がいる。ここで私たちが死ねば、コミュニティの守りはさらに弱まり、通りがかりの暴徒にすらやられるはず……。これは他人事じゃない。