正常な世界にて
交差点の信号が変わり、歩行者信号機に設けられた視覚障害者向けスピーカーが鳴き始めた。「ピヨピヨ」という音が、無邪気に繰り返される。車は通らず、私たち以外に人影は見当たらない。なんだか不気味な音色に聞こえてくるね。
スピーカーの一つの真下まで来たとき、乾いた銃声が再び鳴った。唇や指の隙間から思わず漏れる、短く小さな悲鳴。すぐ前を進む坂本君も小さく悲鳴をあげるほど、背後から圧も感じたのだ。
それに頭上からは、オレンジ色のプラスチック片が数個降ってきた。ガンガールの散弾がスピーカーを破壊したのだ。大事な音だけど、ターゲットの私たちの位置を探るためには耳障りなんだろう……。
破片を髪から振り払うのを躊躇しつつ、私たちはピロティに身を隠す。彼女から逃れるには、物音を少しでも立てないようにしなきゃいけない。
ピロティ内の太い柱の一本に、伊藤は背中を預ける形で座りこんでいた。ハンカチを使い、自分で止血している。彼は額に汗を浮かべながらも、アイコンタクトで「とりあえず大丈夫」だと、私たちに伝えてきた。
三人が同じ柱に隠れるのは危ないので、私と坂本君は隣の柱にした。タイル床に座りこみ、頭を下げながら耳を澄ます。
……歩道をゆっくり歩く音が確かに聞こえてくる。ガンガールも耳を澄ませ、私たちの位置を探っているのだ。絶対逃すまいと必死にね。スナイパー少女の回収に成功し何人も殺しながらも、最後の一人まで徹底的にやるらしい。
高山さんから間接的に与えられる殺意と殺気に、もはや辟易する私。自分の中で湧き上がる対抗心にもね……。
彼女の足音は少しずつ大きくなった後、いきなり止む。気になった私は、柱から顔を出し様子を伺う。
……彼女はここからよく見える位置の歩道上に、じっと立ち尽くしている。遮光メガネ越しに見回すように、周囲を探っていた。
それから、何度も発せられる舌打ち。これは悪態じゃなく、音響という音の反射を生かし、物理的な状況を探っているんだ。完璧にじゃないけど、まるで「見えている」ように……。
けど今の私は、「感動ポルノ」に感激してはいられない。彼女は自分の安全じゃなく、命を奪うために舌打ちしているからね。つまり悪態と変わらない。
私たちがピロティに潜んでいると察したガンガールは、歩道からこちらに体を向ける。そのまま直進されると、ここに接近されてしまう。あの優れた聴覚から逃げ切れるとは確信できない……。
「誘導できない?」
古典的かつ地味だけど、何か物音を立てるのが良さそう。そう考えた私は、小声で坂本君に問いかけた。
「この銃を投げて誘導なんてイヤだよ? 弾切れだけど使えるし」
精一杯に潜めたらしい小声で、坂本君はそう言った。持つ自動小銃からは余熱すら失われている。