正常な世界にて
【第39章】
今さらだが、私は何度も惨劇を目にしている。人が死に様を晒したり、晒しつつある光景だ。
ただ正直、惨劇に対する感覚がマヒしてきて、恐怖心による硬直はもう長続きしない。坂本君や伊藤よりも早く我に返れたほどだ。
ところが今回の場合は、多数の悔しさにも襲われた。
まず第一に、ロビーの仲間二人が殺された。第二は捕虜であるスナイパー少女に逃げられたこと……。そして第三は、私の手柄だと示せたはずの銃弾を、彼女にテイクアウトされてしまったことだ。ああ悔しい……!
仲間の一人は全身に銃弾を浴びせられ、ロビーの床で倒れていた。吐き気に堪えつつ調べると、それがうつ伏せだとわかった。どうやら、背後から不意打ちを喰らわされた格好らしい。
もう一人は両方の膝下を撃たれた後、ロープで絞殺されていた。言うまでもなく、少女を縛っていたロープだ。身動きを取れなくした後、縛り首という性悪な流れがあったんだろうね。
どちらも視覚に訴えかけるように殺されており、間違いなくこれは見せしめだ……。
ただ、二人を殺したのが少女だとは思えない。彼女は確かに拘束されてたし、重いケガも負っていた。彼女の仲間が助けにきたと考えるのが普通だ。
その仲間は彼女同様、なかなかの手練れに違いない。やっぱり、まだ油断しちゃいけない相手だ……。
「クソクソッ! 厄介なヤツがまだ残ってるな!」
死体から解いたロープを壁に叩きつける坂本君。慢心が消え失せたことだけは、ほんの小さな幸いといえる。
「しかし、いくらこんな有り様とはいえ、大事な仲間を置いていくなんてね……」
メガネごしに非難の目を外へ向ける伊藤。
ここから見えないけど、エレベーターで先に降りた仲間一行が、マンションの外で待っているはず。彼らは仲間の死体から目を背け鼻を摘まみ、大急ぎで飛び出したというわけだ。一緒におりた男など、階段近くからまだ離れられない始末。仲間の惨殺死体に怯えている。
……まあ、こんな惨劇への耐性ができるのは、あまり自慢しちゃいけないね。
「包む物や運ぶのを誰かに頼もう。私たちは階段でおりてきたからね。文句は言わせないよ」
伊藤はそう言うと、坂本君と共に出入口の自動ドアをくぐっていく。
その間に私は、怯えたままでいる男のほうへ向かう。ハンカチで彼の目を覆い、外まで誘導するぐらいなら私でもできる。
「…………」
両の手の平を使い、両目や鼻を覆い被せている男。きっと、最上階では戦闘に関わらず済んだんだろう。それに、ゲート係の相方を失ったばかりという事情もある。
「行きますよ」
私は淡々とした口調で言うと、彼の前腕を掴む。その右腕はお手本レベルで震えている。
ハンカチを貸すまでもなく、足元に気をつけながら外まで導くだけだ。ロビーから出たら、思い切り深呼吸してリフレッシュ……。