正常な世界にて
一階のロビーへ続くドアが、坂本君と伊藤の隙間から見える。最上階にあがった際と違い、くだりは不思議と長く感じた。坂本君が突然振り返り、逆ギレをまた起こさないかと不安を覚えた。
幸い、前方の二人はあれから何も喋らないまま、ドアを開け、ロビーに入っていく。ひとまず安心しつつ、私もドアを抜けた。
しかし、高山さん家へこれから行く方針に変わりはないだろうね。二人は謝罪を口にしたものの、コミュニティの防御に専念するとは言ってくれなかった。
私ができるのは、方針を渋々認めながらも、坂本君が調子に乗らないよう注意することだ。彼に「慎重さ」を求めるなんて正直大変だけど、私自身がやらなきゃいけない。……高山さんを倒すことぐらい、難しい課題かも。
「…………」
その課題の主である彼は、ドアを抜けてすぐの場所で背を向けたまま、凍りついたように立ち止まっていた。
彼に顔面から衝突しかけた私。逆ギレを恐れながらも、理由を尋ねずにいられなかった。だけど彼は、前方に視線や意識を向けたまま。
「……それ、血じゃない?」
「うん、そうだね」
坂本君から三歩ほど前方では、伊藤も立ち止まっている。彼の声は冷静だが、足の歩みは止めざるをえなかったらしい。
私は気づいた。ロビーに漂う異臭から煙っぽさがほとんど失せ、鉄臭さが牛耳っている点に……。
「ひどい?」
「……うん、これはかなりね」
自分の目で確かめようと、坂本君の脇を通り過ぎる私。
途端に、赤い水溜まりと塊が目に映り、歩みは止まった。
色合いや状況から、間違いなくそれは人間の血液……。そして、人間の体だ。