正常な世界にて
……洗面所に転がる縦長の洗濯カゴへ、頭を突っこんだまま死んだ敵の姿が見えた。全身が血まみれで、服の大半は焼き焦げている。
「スモークグレネードがよほど煙たかったみたい」
伊藤はそう言うと、洗濯カゴを軽く蹴って転がした。拍子にカゴから頭が抜け、死に顔があらわになる。
「……あの、この人、いやこの子は中学生ぐらいじゃ?」
向けられた死に顔は、明らかに高校生の私よりも幼く見える。短髪で色白の少年だ。
「うん、そうみたい。……けど確かに敵だったよ」
伊藤は言った。そして、どっかの生徒手帳を私に見せつける。あどけない笑顔を浮かべる男子中学生の顔写真があった……。
「誰かは忘れたけど、撃ち殺される直前もそんな格好だったそうだよ」
「どうせ、金持ち高山に雇われた、小遣い目当てのガキだよ。気にしない気にしない」
伊藤と坂本君がそう言ってきた。二人とも割り切った気持ちでいる。
「う、うん」
そろそろ私も、そういう気持ちであり続けたほうがいいんだろうね。
なにしろ、高山さんとの対決はこのまま続く。お互いに殺し殺されている関係で、つい数日前まで友人関係だってことなんて、まさに幻か夢物語……。
私や高山さんが通れる道は、もはや一本道のみ。しかもその道は、狭苦しくすれ違える余地はない。そして、一方通行を示す看板がデカデカと立っている。
「森村、置いてっちゃうぞ!」
坂本君に肩を叩かれ、脳内から現実に連れ戻される私。
他の死体からも目を背け、戦場跡の一室を出た。ほんの少しだけど、臭いがマシになった気がする。