正常な世界にて
坂本君に呼びかけたまさにその瞬間、あのマンションの方角から爆発音が鳴り響く。どこか遠くの爆発じゃないことがわかると同時に、やや強い爆風が私の髪を乱した。
マンションの最上階に黒煙が上がっていた。スモークグレネードによる灰色の煙じゃなく、室内で何らかの爆発が起きたのだ。
窓枠や網戸はすべて外れ、紙やカーテンが宙を舞っている。
「なっ、ガス爆発か……?」
坂本君が言った。幸いというべきか、歓喜の表情は消え失せている。
「伊藤さんが何か仕掛けたんじゃない? 例のその、砂糖爆弾を」
甘い匂いを思い出し、そう願った。
「いやいや、そんな話までしてなかったし、使わなくても余裕だったじゃん」
彼に否定された。しかし、余裕だったとは思えない。あの彼女に一発命中させるだけでも、苦労したばかりじゃないか……。
「行こう! 早く行こう!」
彼はそう言うと、コミュニティの駐車場へ駆けていく。急ぐ先には、伊藤がヤードから調達したトヨタのハリアーが見える。初夏の太陽が照りつけ、ピカピカの黒い車体を輝かせていた。
そして何より、坂本君は元気な調子のままだ。つい先ほどの苦労など、忘却のかなたへ放り投げたよう。いつもながら、彼の潔い姿勢は長所だけど、短所でもある。今回の私は運悪く、短所の形で巻きこまれたわけだ。結果、背中を火傷した上、手柄を横取りされた。
……ふと思ったけど、あの彼女の死体を調べれば、当てた銃弾が見つかるかもしれない。銃弾の違いから、私の銃か坂本君のそれかの区別がつけられる。
それを楽しみと捉え、私は車へ急ぐことに決めた。
――高層マンションの煙臭いロビーで、仲間二人を見つける。バカみたいに頭上を見上げてたけど、私たちに気づくと、安心した様子で駆け寄ってきた。
意図的な爆発じゃなく、上がった伊藤たちの安否がわからない状況とのこと。そして、自分たちはここで待機するよう言われたので、最上階へ向かえないという。
それから、爆発が起きる直前に、少女が落ちてきたという話も聞けた。そう、スナイパーだった彼女だ。
狙撃銃やロープを握ることなく、彼女は手ぶらで、コンクリート柱のそばに寝かされている。一緒に落ちてきたロープで、体を雑にきつく縛られていた。
「こいつ!!」
間接的にせよ、母親を殺した相手に憤る坂本君。彼は怒りに身を任せ、彼女に近づいていく。