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正常な世界にて

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 ガシャーーーン!
 事故が起きてしまった……。それは幸い、木橋の自損事故だ。他に誰も倒れていない。
「痛い痛い痛い!」
木橋は両手で顔を押さえながら、その場にうずくまっている。顔面から勢いよく衝突してしまい、両目にケガをしたようだ。指の隙間から、血がドクドクと流れ出ている……。
 彼が衝突したのは、校舎三階の廊下の突き当たりにあった壁であった。かけていたメガネのレンズが割れ、ガラス片が両目に刺さっていた……。彼の足元に転がるメガネが、どれだけ強く衝突したかを物語る。金属フレームはすっかりひしゃげ、鼻パッドも外れていた。
「痛い、ううっ痛い!」
木橋は激痛に苦しみながら、よろめき歩いている。何も見えないせいで、自分がどこを歩いているのか全然わからずにいた……。
「おい! そっちは階段だぞ!」
坂本君は言葉を振り絞った。私はすっかり震え上がり、状況を見守るしかできない。
「痛い、痛い痛い!」
ところが、激痛で苦しむ木橋の耳に届いていない……。全神経が痛覚に集中し、誰の言葉も届かないようだ。
 彼は痛みに蝕まれながら、下り階段へ足が進んでいく……。踊り場があるとはいえ、ひとたび転落すれば、ひどい追い打ちとなることは確実だ。下手すれば死ぬだろう……。
「危ないって!」
坂本君は彼を助けてやろうと、足を一歩踏み出す。

「放っておいてあげなよ」
そのとき、高山さんが坂本君の肩を掴む。彼は立ち止まり、彼女のほうを振り返った。
「えっ? ええっ?」
意味が分からない様子だ。それは私も同様で、彼女を黙って見つめるしかない。彼女の表情は、美しく穏やかなものだった……。
 彼女は、私と坂本君に顔を見合わせた後、木橋を見つめながら、
「あのまま放っておいてあげれば、彼は理想の世界へ旅立てるわ」
確かにそう言った。
「…………」
なおさら意味が分からず、無言でいるしかなかった……。彼女の言う「理想の世界」とは、どういう意味なのだろうか? 階段まであと少しの木橋のことなど忘れ、私の頭は疑問で一杯になる。
「木橋の行く先は、その、ボクらのような、人間がいない世界ということ?」
坂本君が言った。私は心の中で意味を納得できた。しかし、納得できてしまうのはマズイ気がした……。

作品名:正常な世界にて 作家名:やまさん