正常な世界にて
「正解!」
高山さんは大声で言った。そのときの彼女は、不気味な笑顔を浮かべていた。歯を剥き出しにしていたりはしないけど、とても恐ろしい印象を受けたのだ……。寒気すら感じる。
そんな彼女に、私は思わず引いてしまう。そんな反応は、坂本君も見せていた。
「痛い、痛いよ痛い!」
フラフラ歩く木橋の前には、下り階段が迫っている。だけど、私も坂本君も、高山さんから受けた「衝撃」のせいで、体が震えて動けなかった……。
「おっと、うわっ! アガァ! ギギィ! ウッウウッ!」
木橋の転落シーンは、映画のようなスローモーションで見届けることに……。
足を踏み外し、頭から転げ落ちていく瞬間を鮮明に目にできた。彼の姿はすぐ、階段の下へ消える。彼の悲鳴が聞こえた後、踊り場からドスンという着地音がした。それからは静かだった。
次に聞こえたのは、発見した子による「キャー!」という安っぽい悲鳴だ。B級ホラー映画のような声色だった。
それまで私と坂本君は、不気味な笑顔を浮かべたままの高山さんの前で固まっていたけど、叫び声のおかげで、ようやく動けるようになる。だけどもう、時すでに遅しだ……。
私と坂本君は、階段の上から踊り場を、恐る恐る見下ろす。
木橋はそこで倒れていた。忽然と姿を消してなどいない。彼の周囲には、好奇心旺盛な野次馬がガヤガヤと集まり始めていた。もちろん、手にはスマホが……。
仰向けに倒れている彼は、ピクピクと微動していた。すっかり変わり果てた彼の姿を見れば、それが死後に起こるけいれんであることはわかった。
そう、彼は死んでいる……。高山さんの言葉を借りると、「理想の世界へ旅立った」というわけになる。
関節が折り曲がりまくった彼の全身は、まるでウケ狙いのようにシュールだ……。そして、ズタズタの両目や、壊れた関節の隙間から、血が途切れることなく流れ続けている。人体の大部分を水分が占める事実を、このとき完全に理解できた。
私なら、あんな状態で生きていたいとは思わない。悲惨さと気持ち悪さで、さっそく気分が悪くなった。胃袋に収まったばかりの昼飯を、階段から滝の如く流してしまいそうだ……。
「森村さん、とりあえずここから離れよう」
坂本君が心配してくれた。素晴らしい配慮だけど、有難さなど浮かばない……。