正常な世界にて
木橋は狂ったように、廊下を走り出していた。突然の出来事に、通行中の子たちが立ち止まっている。呆然と目を丸くしていることだろうね。どこかへ一心不乱に走っていく。
「ちょっと捕まえてくる!」
つい気になってしまった私。念のために言っておくが、木橋が心配だからではない。木橋の次の行動がわからず、不安で仕方ないからだ……。迷惑極まりない行動を起こされたら、私までたまったものじゃない!
「ボクも行くよ!」
坂本君がついてきた。半笑いだし、彼は面白半分だろうね。
「放っておけばいいのに……」
廊下へ出たとき、高山さんの声が聞こえてきた。いざというときには、彼女が力になってくれるはず。
「つ、ついてくんな! くんなよ!」
追いかける私たちに気づいた木橋が、走りながら振り返った。必死に全力疾走しているらしく、メガネのポジションが斜めにずれている。直す余裕など無いほど、焦るに焦っているらしい……。
「そんな冷たいことを言わないでくれよ! とにかく落ち着けって!」
坂本君は明るく言ったけど、見事スルーされた。どうやら、木橋から完璧に嫌われているんだろうね。
「無視されちゃったよ」
私に気遣いを求める坂本君……。それどころじゃないから、私もスルーしてあげた。
校舎内はそれほど広くないので、いつかは追いつけるだろう。しかし、他の子たちの密度が、その分濃いという問題がある。事がさらに悪化すれば、学校中に情報が完全に広まってしまう……。
まあ、クラスメートにバレた時点で、学校中に遅かれ早かれ広まるだろうけど、気持ち的にはブレーキをかけておきたいのだ。その分、心の準備ができるからね。
「いい加減にしろよ! おまえらみたいなのといっしょに居たくないんだよ!」
木橋は走りながら振り返り、追う私たちへ罵声を飛ばした。好きで追いかけているんじゃないと叫びたくなる。
逃げる木橋を捕まえるため、私たちは校舎内を駆け回る。学校中の視線が、自分に注がれている気がして、どんどん恥ずかしくなった。恥ずかしさから、自然と顔が下を向く。
木橋は、追いかける私たちのことが気になるらしく、たびたび私たちのほうを振り返る。そのせいで、前方の視界がおろそかになり、何度も人とぶつかりかけていた。もし彼が不良とぶつかったら、無関係な他人のフリしなくちゃね……。