正常な世界にて
古臭いデザインのワンピース姿の老婆が、クワを持ち、地面を耕していた。坂本君たちがついさっき、汗水垂らしていた場所だ。老せっせと老婆は、クワを何度も振り下ろし、地面の緑色を茶色に変えていく。狙撃の危険など、忘れているか気にしていないといった調子だ。
「誰かに避難させないと」
酷い認知症を抱えた老人だったとしても、狙撃の的に活用されてしまうわけにはいかない。
坂本君が周囲を見回し、「誰もいない」と呟いた直後、再び狙撃が始まる。次々に飛んでくる銃弾が、老婆の足元で小さな土埃を立たせる。わざと命中させずに弄んでいる感じだ。もしくは、助けにきた人間を狙っているに違いない。
けど、今の私にはどっちでもよかった。ようやく、ターゲットであるスナイパーを発見できたのだ! スコープを覗く目と引き金に触れる指に、自然と力がこもる。ここ一番の集中すべきとき。
老婆はあのまま耕しておこう。なにしろ、狙撃に遭っているにも関わらず、特に変化なしだからね。
スナイパーはベランダの柵の一部に手を加え、この辺りを狙撃しやすいよう工夫していた。ベッドシーツらしき白い布に隠れつつ、狙撃を繰り返している。私はついさっきまで、放置された洗濯物の山だと思っていたけど、見事だまされてしまった。
もし、私のほうが先に見つかっていたらと考えると恐ろしい………。
「やっと現れたな」
隣りの坂本君も間違いなく、私と同じ気持ちでいる。そんな憶測を振り払うためにも、正確に仕留めなきゃいけない。
私はスコープの照準を、スナイパーの胸元辺りに合わせた。こんな遠距離で撃つのは、もちろん初めてだから、上方向の反動を大きく見積もった。
この先制攻撃が外れれば、能力的に向こうが有利だ。ここで深呼吸を三回行なう私。そして、再度照準を合わせ直す。向こうは相変わらず、老婆への振る舞いを続けている。
そのとき、スナイパーの顔が一瞬だけ見えた。私とそう変わらない年齢の少女だ。きっと、金山の雑居ビルで遭遇した、例のガンガールと同じく、高山さんの手下なんだろう。じゃあ彼女は、あのとき見逃してくれたスナイパー?
……まあだからって、ためらいはサラサラ浮かばないけどね。今度は私たちだけの命じゃない。