正常な世界にて
私は視線を戻す。大丈夫、まだ姿を見せていない。
「これは伊藤から聞いた話だけど、政府専用機が静岡県内に墜落したらしい。二機の内の一機で、もう片方は西の空へ飛んでいったとか。……でもまあ、空がこの様子だと、名古屋飛ばしされたみたいだね」
大阪か福岡にでも飛んでいったのかな? 東京はともかく、他の都市の状況が気になるところ。
「……さて、最後に地域のニュースをするよ。高校が焼けた」
「ええっ?」
私は衝動的に、スコープから目を離してしまう。すぐ戻したものの、詳細が気になり、焦点がなかなか定まらない始末。……もう一錠飲もうかと思ったけど、それはやめとく。
「ウチの高校さ、臨時の避難所になってたみたい。だけど、そこにも暴徒がやって来て、トラブったあげく放火されたそう……。明け方に逃げこんできた家族連れの話で、三人とも顔がススだらけだったって」
坂本君はそう言うと、舌打ちした。教室に何か忘れ物でもしたのかな?
「それで完全かつ完璧にさ、ボクらは元の日常に戻れなくなったわけだよ。みんな同じ話だけど、心から納得はできないね」
ああ、そういうことか。彼にしては珍しい、センチメンタルな発言だね。
……だけど、同じ高校三年生だった私も、大事な青春がムダになったことに、平気でいられるわけじゃない。
実感はあまり無かったけど、数ヶ月後には大学入試を受けていた。苦労して勉強した時間、犠牲にした用事。それらを思い返せば、水の泡じゃないか……。
リセットが自然災害に等しい出来事とはいえ、簡単にそれを受け入れられない人は、私たち子供を中心に大勢いるはず。青春時代という大事な時間を、間違いなく犠牲にされたわけだから……。
そんな不条理を考え始めたところ、銃の引き金を引いてしまいたくなった。ストレス解消に一発ズドンとね。……その誘惑に耐えるため、私は深呼吸を何度か繰り返した。呼吸と連動し、スコープ内の視界が上下に揺れる。
あのスナイパー、さっさと現れないかな? いきなり顔面に銃弾をお見舞いすることさえ、今の私は躊躇しない。八つ当たりと思われようともね。
「あの婆さん、ボケてんのか? 平和ボケと痴呆の両方?」
坂本君が言った。教室で雑談するような明るい口調の軽口だ。私は自然と、スコープから目を離す。