正常な世界にて
それでも自然と、退屈な気分になってくる。このままだと、コンサータの効果を上回るほど、強烈な眠気に襲われかねない……。
「今朝の悪いニュースって、何かいろいろあったの?」
そこで、坂本君に話を振る私。退屈しのぎにはもってこいだ。
「うん、いろいろあるよ。『今朝のニュースは、ご覧のようになっています』って、神妙な顔して言えるぐらいにね」
スコープから目を離さなくても、坂本君の冷笑が目に浮かぶ。
「まずは、行政の話題からね。名古屋自治政府が壊滅しました。警察無線からの情報によりますと、暴徒にバリケードを突破され、市庁舎および県庁舎、県警本部が襲撃を受けました。陥落した模様です。ついでに、ウチの市長と知事を乗せたヘリが、墜落炎上しました」
坂本君が言った。気持ち悪いぐらいの丁寧口調だ。
「じゃあ、警察はもう絶対来てくれないんだね? あの小池さんも?」
森村はそう言いながらも、初老刑事の無事を願った。事の真相を知る人間がいなくなるのは、寂しいものだ。
「だろうね。……オレも酒を何本か頂いた身だし、それはそれでまあ」
「……ああ、松坂屋からだったね。それで、次のニュースは何なの?」
流行の服を見て回る楽しみも、当分は無理そう。
「次はそうだね。社会の、そう社会のニュース。反障害者を掲げる連中の組織が、市内にできたってさ。名前は確か、『レッドハンズ』で、底辺が集まってるような感じだよ」
丁寧口調をすっぱりやめ、吐き捨てる口調の坂本君。私はその理由が、彼以上によくわかる。
「私の親を殺したヤツらも、そいつらの仲間?」
「こんな大混乱のなか、アイツらがまだ生きているとすれば、参加してるだろうな……」
彼の口調は苦々しい。相手は違うけど、彼も親を失ったところだからね。
リセットの夜を思い出し、悲しい気持ちに再び沈む私。両親を殺したヤツらは、明らかに私たち障害者に対し、憎悪と敵意を抱いていた。坂本君から正当防衛を受けた恨みもあり、それらの感情をいまだ強く抱いているのは間違いない……。
敵討ちとともに、射撃の的として活用してやる! ……そんな勢いでいなければ。
「おおっ、怖い顔! 手元が狂うから落ち着きなよ?」
怒気に満ちた険しい表情を、無意識に浮かべていたらしい。珍しく、彼の言う通りだ。気をつけないと、スナイパーをうっかり見逃してしまう。坂本君のニュースは、聞き流すだけにしたほうがいい。