正常な世界にて
ところが彼は、期待に応えることはできずに終わる。機関銃の安全装置を解除し、引き金を引く段階まではクリアできた。しかし、最初の十発も撃たないうちに、首のど真ん中を狙撃されてしまう。
さらに悪いことに、死にゆく彼の指が、引き金を引き続けてしまった……。狂った方向へ飛んでいく銃弾。私たちは、地面に伏せるしかなく、流れ弾が当たらないことを願った。
銃身の振動により、指はやがて離れたが、その数秒間に何十発もの銃弾が、狂った方向へ飛んでいた。運悪く流れ弾に当たった人が、地面にバタバタ倒れていく。偶然とはいえ、これは惨いコンボ攻撃だ……。
「ああっ!」
その中には、坂本ママまで……。これは本人だけじゃなく、坂本君や私も運が悪かったということだ。
倒れた坂本ママの元へ駆け寄る坂本君。私の足も自然と走り出していた。一歩踏み出す度に、ライフルのボルトが音を立てる。
狙撃の恐怖など忘れ、二人とも夢中だった。幸い、スナイパーは狙撃を止めてくれている。まさか暴発だけで、ここまでの戦果を挙げられると思わず、戸惑ってるのかもしれない。
……軒下から数歩踏み出した時点で、坂本ママがすでに手遅れだと、察することができた。
坂本ママの姿は、生前といろいろと変わっていた。高速で飛んできた銃弾が、何発も彼女の体を通り抜け、穴の数を増やしている。
手足の骨が砕け、折れ曲がる右腕と右足。頸動脈ごと消えた首筋。年不相応に若く見える顔は、原型を留めていたけど、生気は完璧に失われている。
確認強迫の人間でさえ、「うん、これは死んでるね」と素直に納得できるほどの死に様だ……。彼女の帽子の縁が、風に虚しく揺れている。
「母さん!! なあ、母さん!!」
何度も続柄を叫ぶ坂本君。もちろん、坂本ママは何も返さない。
そして、放心状態に陥った彼は、視線を彼女からスナイパーが潜む高層マンションへ向ける。両目の焦点は定まっていないけど、こもる怒りの強さは感じ取れた。
また、一緒にいた子供も、何人か無惨に死んでいた。生き残れた子供も放心状態で、生涯背負うトラウマとなるだろうね……。
そんな次の瞬間、狙撃が再び始まった。再開直後の一発が、坂本君の右こめかみのそばを通過する。次の二発目は、私たちから少し離れた中年男性の右足首に命中した。とても痛そうな悲鳴があがる。
もしかしてスナイパーは、わざとギリギリを狙ってくれたのだろうか? 私はついそう思いたくなった。
この暴発事故の責任を、指示した伊藤に押しつけるのは簡単だ。けど、八つ当たりしちゃいけない現実を、何事もなく再開された狙撃が教えてくれる。
これ以上、あのスナイパー、高山さんたちに暴れさせるわけにはいかない。私たちだけ情けをかけてくれるにしても、見逃せないし、許せることじゃない!
大げさにいうと正義感が、私の中に湧いていた。生かすか殺すかは別として、高山さんたちの行動を止めるのは、私がやるべきことだ!
……強い気持ちが、私の中で燃え立ちつつある。闘争精神が湧いたのは初めてじゃないけど、今回は格別に強い。