正常な世界にて
「クソッ!」
坂本君は再び走り、自分の自動小銃を取りに向かう。ベンチの背もたれの後ろ側に、あの自動小銃が無造作に立てかけられていた。子供が触ったらどうするつもりだったんだろう……。
それはさておき、私は衝動的に動き始めた彼を、また制止しなきゃいけない。普段の行動から考えれば、彼が単独行動を勇ましく取り、あのスナイパーの元へ突撃するのは明白だからね。
彼はアクション映画の主役なんかじゃない。銃が扱え、なんとか人を殺せるにしても、銃弾のほうが避けてくれるわけではないのだ。坂本ママの後を追う展開は、サラサラ求めていない。
すでに坂本君は銃を背負い、誰かが盗んできた、トヨタのハリアーへ向かっている。彼はスマートキーを使い、エンジンを目覚めさせた。ブゥゥンという唸り声は、銃声により掻き消された。
「待って!! ちょっとでいいから待って!!」
恥ずかしさをいとわず、私は彼に叫んだ。今日一番の大声だ。耳が良ければ、あのスナイパーに聞こえたかもしれないほどの。
「坂本は彼女を手伝え!」
この声は坂本君の返事じゃなく、伊藤の声だった。彼は車に向かう坂本君を押し止め、黒光る車の陰に隠れさせる。坂本君は運動部で、伊藤はインドア系だけど、数年分の年齢差は大きい。
「どけよ!」
「彼女にカウンターやらせるから、君は手伝い守るんだ!」
カウンター? 仕返しって意味? 私に? 私は心の中で戸惑いつつ、彼らの隣りに隠れた。重たいライフルが、今は軽く感じる。
「いやいや、森村はプロじゃない。あそこまでの距離なんて、まだ無理だって」
坂本君は私の顔をチラ見してから、伊藤に言った。
どうやら、私にまたライフルを扱わせるらしい。私は手元のライフルを、ここで改めて見回す。芝生の欠片や土が付着している以外は、準備万端な状態だ。まだ素人の私でも、銃そのものの雰囲気から、確かに感じ取れた。
道具は万全。後は使い手の問題だ。そう、私自身の。
……あのスナイパー相手に? 私がやり合う?
「坂本君、私やるよ」
「え?」
意外そうな表情で、私の顔を伺う坂本君。フリなどでなく、私では力不足だと考えていたようだ。それに、私のほうが断り、余計な時間を喰うはずだろうとね。
「私がその、カウンターやるから。坂本君はさ、そばで守ってよ」
そう言っても、坂本君はまだ表情を崩していない。自分の耳がおかしくなったとすら思っている態度だ。