正常な世界にて
「……はぁ? えっと、はぁ?」
教室が静まり返る中、木橋は間抜けな独り言を繰り返していた……。どうやら、頭の中が混乱しているらしい。
そりゃあ、いきなりビンタされたあげく、彼女のカミングアウトだ。彼だけでなく、クラスメートたちも混乱していることだろう。
「おいおい、そんなに引くなよ! この森村さんだって、精神科に通っているぐらいなんだぜ! ……あっ、やべ」
なんと、坂本君が私のことをバラしてしまう……。私は背筋が凍りついた。暴露があまりにショックで、怒りはなかなか沸かない。
「ちょっと坂本君っ!」
私の代わりに、高山さんが坂本君を怒ってくれた。ビンタ付きでもいいけどね。
「ヒィ! ご、ごめん!」
安っぽい悲鳴の後、坂本君は私に頭を下げてきた。よほど高山さんが怖いらしい……。
「も、もういいよ。いつかは自分から言うつもりだったから」
女の子たちの視線もあったので、とりあえず今は許してあげることにした。
「おいおい、高山たちはまともじゃないか! どこがキチガイなんだ!?」
クラスメートの一人が、木橋に問い詰める。まあ発達障害は一目見ただけじゃあ、わからないからね……。
「フ、フリしてるんだ! 善人の! 心の中ではきっと、俺たちを殺そうとしているに違いない!」
しどろもどろに反論する木橋。しかも、悪い意味で感情的だ。特に興味は湧かないけど、何かトラウマでもあるのだろうか?
「……オーバーだよ!」
「考えすぎじゃね?」
クラスメートたちは、木橋の被害妄想的な言葉に納得しなかった。むしろ逆に、彼を危険視し始めている。こちらとしては、嬉しい流れだね。
「頭が疲れているんじゃない? 今すぐにでも、病院で診てもらったほうがいいよ」
気遣う必要など無いのに、高山さんは木橋にそう言った……。
個人的には、こんなヤツはそうであってほしいけどね。頭のおかしい人間による発言だったほうが、人間不信にならずに済むからね。
「ふざけるな、おまえら! これ以上ここにいられるか! サヨナラだサヨナラ!」
木橋は発狂気味に叫ぶ……。声量は変わらないものの、思わずぞっとする不気味な口調だった。
その直後、木橋は教室から勢いよく飛び出していく……。クラスメートの男子とぶつかりながらも、威勢の良い走り方を見せてくれた。彼の貧弱な体格を別とすれば、アメフトのワンシーンのようだね。