正常な世界にて
ところが、空気が張り詰める前に、素早く割り込んだ現象があった。瞬間的かつ不思議なその現象は、坂本君から起きたことで、数本の髪の毛が突然宙に舞ったのだ。何かか通過した?
その答えは即座に示される。
髪がまだ宙を舞う中、尾を引く銃声が鳴り響いた。自分の頭のすぐ横を、高速の銃弾が通り過ぎたにも関わらず、坂本君は平然としている。どうやら、自分の置かれた状況を理解できていないらしい。まあ、死に対する感覚が鈍いわけじゃなく、平気な域に達していることもあるだろうけど。
「坂本君! こっちに!」
私の言葉を聞き、彼は軒下に戻ってきた。今度こそ、私の声に従ってくれたわけだ。
ただ拍子に、手から爆弾を滑らせてしまう。幸い、伊藤が上手く掴んでくれたおかげで、軒下のタイルに当たるのは避けられた。試作品らしいし、もし落下の拍子に爆発していたら……。
突然の狙撃に、敷地内で活動していた人々は、再びパニックに陥っている。襲撃や銃声は、この三日間ほどで何度も経験しているはずだけど、死の恐怖には簡単に慣れられるものじゃない。事実、もはや死線を潜り抜けてきたといえる私でさえ、心臓の鼓動が高まっている。興奮の震えを起こさせる、アドレナリンの大群。
ここを狙うスナイパーは、私たちを嘲笑うつもりか、本気でも殺すつもりなのか、狙撃を反復的に繰り返している。死の恐怖が衰えないよう、永遠とガソリンを注ぎこんでいるよう。
束の間のリロードをまたぎ、気づけば二十発以上の銃弾を、ここの敷地内に撃ちこまれている。撃たれた人も数人おり、その内一人は、掘り返した芝生の残骸のそばに倒れたまま動かない……。
坂本ママは、数人の子供たちと共に、植栽の陰に身を隠している。思わず泣き出した子供をあやしながら、チラチラと私たちのほうを見ている。
ゲリラ豪雨のように、この軒下でノンビリ止むのを待つわけにはいかないらしい。我が子も危険とはいえ、早急な解決を求めてきている。やれやれ、元気な、または元気そうな若者は、ホント大変だね。リセットが起きても、その辺は変わっていない。
まずは、スナイパーがどこで狙撃を続けていやがるのかを知らなきゃだ。狙撃の調子から、スナイパーは一人だろう。護衛やサポート役がいるかもしれないけど、それは現場でわかること。
南方の高い位置から狙撃されていることは明白だった。池下駅のほうには、高層マンションだけじゃなく、十階ほどの建物がいくつもある。一つ一つ探し回るには、時間や手間がかかりすぎる。逃走や入れ違いで、余計なバカを見ることもね。
「いったいどこから!?」
銃声が鳴り響く度に、軒下から顔をそっと覗かせる坂本君。発砲の瞬間を捉えれば、昼間でも銃口の発火炎を発見できるはず。こっちからも、見通しがいい場所なのは確かだ。
だけど、坂本君がこの軒下を出入りするところを、スナイパーに見られた可能性が高いわけで、悠然と顔を出し続けるのは危険極まりない。……あっ、そういえば。