正常な世界にて
恐ろしく不穏な展開を、脳内でシミュレーションし始めた時、部屋でメロディが鳴り始めた……。
軽快かつ高音のメロディが、ズボンの後ろポケット内のスマホから流れている。静かに考えている最中だったので、私と伊藤を貫き通してきた。普段でも、電話の着信音というのは、なかなか穏やかには聞こえないものだ。これはオーバーアクションじゃない。
「タイマーを仕掛けてたの?」
「違います!」
伊藤が軽く睨んできたので、私は即座に否定する。私は昨夜、タイマーは仕掛けずに眠りについたのだ。もし仕掛けていたら、寝坊なんてしていないはず。
この音は、タイマーではなく着信した場合のメロディだ。つまり、私のスマホに誰かが電話を仕掛けてきたというわけだ……。ついさっきまで、圏外を示すマークが画面に出ていたのに、今はアンテナがしっかり立っている。
怪訝な表情を浮かべつつ、ポケットからスマホを取り出してみる。電話回線の復旧という事態の好転を、ほのかに期待していた。
……しかし、そんな期待なんて瞬時に消え失せる。スマホの画面にデカデカと、『高山奈菜』というタイムリーな名前が表示されていたからだ。ここ最近で一番タイミングが悪い。
「た、た、高山さんです!」
声と手を震わせる私。危うく手からスマホを落としそうになった。高山さんと電話するのは全然初めてじゃないけど、今は初めてのように感じる。
「と、とにかく出て」
この様子だと、彼も同じ悪い予感をしていたんだろう。両手で口を押える仕草までやっている。
「もしもしっ!」
語尾を変に上げてしまった。できるだけ平静を装ったけど、うまくいかなかったのだ。
「……私だけど」
返事が聞こえてきた。これは間違いなく、高山さんの声だ。私とは違い、淡々と落ち着きのある口調だ。
だけど、その一言だけで、私は恐怖感を抱かずにいられない。少なくとも、遊びの誘いで電話してきた雰囲気ではなかったのだから。
「な、なんか大変なことが起きちゃってるね」
軽い感じにそんなことを話してしまう私。これで間違いなく、私の狼狽え様が、高山さんに伝わってしまった……。
「うん、あちこちで大変なことが起きてるね。私自身も大変なんだけど、何か心当たりあるんじゃない?」
ストレートにそう尋ねてきた高山さん。私の予感がど真ん中に的中してそうだ。