正常な世界にて
「ところが奇妙な事も起きててさ。死んだ二人が今朝消えてたんだよ」
「え? 消えたんですか?」
「うん。ゾンビになったわけではなくて、みんな不思議がってるよ」
まさか、湧いたハエが一晩で死体を完食したわけではないはず……。
「実はまだ生きてたとか?」
ゾンビ物のホラー映画では、ありがちな展開だ。
「いや、道路に引きずった跡があってさ。誰かが死体を持ち帰ったみたいなんだ。
「何のために? まさか、誰かが食べるつもりで?」
人肉を食べるつもりでというわけだけど、物騒で怖い発言をしてしまったね……。
「やっぱり坂本と君は合うんだろうね。彼もそう言ってたよ」
苦笑いを浮かべている伊藤。変なところで合ってしまったね。
「問題はその誰かだよ。……さっきの話から、高山たちだと考えた。ゲート係がトイレに行っている間にやられたよ。死体をわざわざ回収したのは、正体がバレたくないからさ」
あの3人組の正体が確かなら、秘密主義の高山がそういう指示を出すのは十二分にありえる。
「昨夜のうちに、晒し首か吊り首にすべきだったね」
やれやれ、私よりも物騒な発言だね。
「みんな不安がってるけど、公表はしてない。まず、君と坂本に話しておくべきだと思ってさ」
なるほど、伊藤が大急ぎでやって来た理由がよくわかる。
高山さん関係の闇深い事情を知っているのは、私と坂本君と彼だけだ。コミュニティのみんなに、いきなりそんな話をしても、すんなり信じてもらえるとは限らない。まあ、リセット後のこんな世界だから、聞く耳を平時の1割ぐらいは持ってもらえるかもしれないけどね。
「ただ、あの3人組がここに来た理由がわからなくてさ。何か心当たりはある?」
「いえいえ、全然無いです」
私は正直にそう答えた。後ろめたくて言った嘘じゃない。
高山さんとの約束は、彼女の組織を邪魔しない事だ。高山さん家での一件から今日まで、私は余計な調べ物はやっていない。あの小池刑事から内々で話を聞いたぐらいだ。
……ただここで、悪い予感が思い浮かぶ、高山さんが私と坂本君の居所を掴んでいて、あの3人組は何か連絡をしに来ただけじゃないかという予感だ。つまり、私たちはただの伝令を殺すという、最悪の選択を……。