正常な世界にて
突然の来訪者は伊藤だった。彼は、両手にそれぞれ物を抱えている。右手にノートパソコン、左手に茶色の小包という具合に。
一応婚約者である坂本君が不在なときに、家へ男を上げるなんて、まるで不倫の一幕みたいだけど、そんな雰囲気にはなっていない。
「坂本は? 坂本鳴海はいる?」
伊藤が訪ねたのは坂本君だったし。息を切らせながらやって来た彼は、靴を適当に脱ぎ捨てると、家に堂々と上がり込んでくる。
「い、家から出てますけど!」
私がそう言ったのと、彼が坂本君の部屋を覗き込んだのは、ほぼ同時のことだ。頭を垂れ、落胆を隠せない彼。
「入れ違いかな? 実は昨夜の3人組について、大事な話があったんだよ」
「え? 何かわかったんですか?」
「うんうん、その通り!」
彼はそう言うと、さっきまで私が寝ていたベッドの上に、ノートパソコンをドンと置く。ディスプレイを開いた途端、スリープ状態からすぐに起き上がった。私はパソコンに疎いほうだけど、高性能な物であることは、一目で把握できた。そんなパソコンを、ベッドのシーツ上に置いていいのかは疑問だけど……。
「これを見てごらん。わかりやすいのを、さっき作ったんだけどさ」
私はパソコンの画面に注目する。
その画像は、3人の女性の姿が1つの画像としてまとめられた物だ。私はその3人の顔を見ると、既視感を覚えずにはいられなかった。そして、その数秒後には、その既視感の出所を思い出すことに成功する。
「少し昔ですが、栄のカフェでこの人たちを見ました!」
私は思わず叫ぶ。目の前にいた伊藤を驚かしてしまうほどの大声でね。
「ああっ、やっぱりね」
その女性3人組は、栄の地下街にある喫茶店で目撃していた。殺人現場という強烈な場面でだ。あのとき私は、坂本君や高山さんと、そこでお茶を楽しんでいた。
ところが、突然現れた3人組が、店にいた嫌われ者の医者を、比較的酷なやり方で殺したというわけだ。強烈な思い出話だけど、今だと遠い過去のように思えてくる。
「ゲートにいた男から話を聞いて、坂本から聞いた話を思い出してさ。以前調べたときに保存していた画像を、そいつに見せたんだ。そしたら、ビンゴってわけ!」
こみ上げる達成感に浮足立っている伊藤。しかし、たいした記憶力だね。